誰がために……〜リフォームとサイボーグと石原先生(わたし


 みなさま、本年も石原医院をありがとうございました。
 29日より年末年始のお休みに入らせていただきますので、その間は休日診療医をご利用いただきたく思います。広報 ―― えぇ、回覧板で配布されるアレです ―― にも案内が出ておりますので是非ご覧くださ……えっ? 先生のとこは休みだって診てくれるじゃないかって? はい、例年であればそうなんですが……。今年だけはどうかお許しください。

 実は当医院を改築をすることになりました。いわゆるリフォームです。

 祖父の代から続いているこの医院、建物も開業当時そのままで使っていましたので、いろいろな部分が老朽化しているのは仕方が無いことです。周囲の方からもそろそろ改築したほうがいいね、なんてお話もいただいているんです。そうですよね、平成の世に昭和の香りをムンムン漂わせる建物は似合いません。
 でもこの重要文化財並みに古風な建物、患者さんには大変人気がありまして、とりわけ僕の患者さん、つまり外科にいらっしゃるおじいちゃんおばあちゃんはすごぶる評判がいいんです。ですから僕自身は改築しなくてもいいかなとも思っていました。
 ただ、母がね、どうしてもって言い出しまして。温和な性格の割には結構頑固なんで、言い出したら聞かないんです。いえいえ、僕は別に改築に反対しているわけじゃないんですよ。
 事実、母は当医院を改築する必要に迫られていました。
 実は母も医者なんですが、担当は小児科、当然患者さんはお子さんばかりです。ご老人にはウケのいいこの建物も、お子さんにとってはおどろおどろしい悪霊の棲家に他なりません。実際、当医院は近所の小学生から「お化け屋敷」ってあだ名されております。無理もありません。この造りでは良くて博物館、普通に考えたらお化け屋敷です。
 ギシギシ軋むドアを見ただけで泣き出すお子さんが日に3人。扉を無事に通過しても、ミシリミシリと不気味に軋む廊下で緊張は一気に高まり、たどり着いた先がクレゾールのにおいが充満した診察室 ―― 雰囲気に圧倒されて泣き出してしまうお子さんが少なくありません。
 これは母をかなり悩ませております。まず患者さんの泣き声がうるさくて問診さえままなりません。加えて泣き出したお子さんがあらん限りの力で抵抗するので診察は体力勝負……いえむしろ命がけ。胸部から腹部にかけて強烈な蹴りを入れられるのは日常茶飯事。僕もたまに手が空くと、「押さえつけ診療」に参加するんですが、懇親の力を振り絞って抵抗するお子さんに腹部を蹴られたときは、気を失いそうになりました。冗談抜きで医者は体力勝負です。
 あっ、話がそれてしまいました。
 そんなわけで母は小児科の一角だけでも明るい雰囲気にリフォームしたいと申しまして、父も弟の俊之も、もちろん僕も賛成なので、何も問題は無かったはずなんですが……(溜息)


「ねぇ、母さん……これは一体どういうことなんですか?」
「どういうことって? 年末だからって、どこの大工さんも請け負ってくれなかっただけのことですよ」


 僕の質問におっとりした口調答えるのが先程から話題に上っている母です。僕の母であり、現役の小児科医でもあります。近所のお子さんからは「幽霊屋敷の大魔神」って呼ばれているんですが、それはここだけの秘密にしておいてくださいね。
 普段の母は ―― 僕が言うのも変ですが ―― 温和で、品があって、とてもいい人なんです。けれど曲がったことが大嫌いでして、それが原因でしばしばトラブルを起こします。
 例えば、混雑している待合室で座席を必要以上に陣取っている付き添いの人には漏れなく注意をします。老若男女関わらずです。
 病院の中だけならまだしも、家の外でも全く同じで、無灯火の自転車、信号無視の子供達、ごみ分別の間違い、とにかくルール違反者を見つけると注意せずにはいられないんです。
 しかも、怒りに我を忘れてキレてしまうと、性格も表情も人格も一変。その姿はまるで「鬼」。
 いつのことでしたか、当医院の前でスモークガラス仕様の「いかにも」な白いベンツが無断駐車しておりました。もちろん持ち主も「そのスジ」の方だったんですが、その方に向かって小柄な母が威勢よく啖呵を切ってしまったんです。


『ここは病院です。えぇ、こんな小さな建物ですが病院です。ボロだろうが、壊れかけていようが病院なんです。もちろん救急車両だって来ますよ、当然でしょ、病院なんですからっ! その病院の前にアナタの無駄にでっかい車が止めてあったばっかりに、患者さんにもしものことがあったらどうしてくださるんですかっ!ただじゃすみませんよ、えぇ、世間様が許してもアタシはアナタを許しませんからっ、今すぐここから車を移動して下さいっ』


 母のの毅然とした……というかむしろ般若が乗り移ったような表情に、さすがのヤクザさんも「すみません」って一言だけ謝って帰っていきました。
 その逸話は瞬く間に町内の評判になりまして、程なく「大魔神」の話を耳にしました。子供ってのは上手いことを言いますね。あっ、くれぐれも母には内緒にしてくださいね。
 話がそれました。脱線ばかりですみません。
 で、僕が今、母に問い正しているのは、この話の冒頭で触れたリフォームのことなんです。念を押しますが、僕はリフォームには反対してません。いえ、患者さんたちに快適な環境を作るんですからむしろ賛成です。ですが、問題は作業している人達です。

「僕に相談してくれればまっちゃんのツテで大工も頼めましたよ。なのに……」
「もちろん」

 母はにっこりと僕のほうを見上げます。

「松井さんにはとっくに相談したんですよ。でもどうにもならないっておっしゃるから……。だからね、ギルモア博士に電話してみたんです。そうしたらお手伝いしてくださるって、本当に助かりますわ」
「確かにみなさんは並み以上の力の持ち主ではありますが、大工ではないのですから、こんなことをお願いするのはご迷惑でしょう」
「あら、そんなことは無いはずですよ。コミックス1巻ではコズミ先生のお宅の地下を皆さんで増築なさっていたじゃありませんか。しかも島村さんが『またひろげているのかい?』って呆れ顔でおっしゃってたでしょう? 増築は何度もなさってるんだわ。それに家も何度か壊されているんでしょ、その度に建て直しまでしてらっしゃるんだから、大工仕事には結構慣れてらっしゃるんじゃないかしら」
「……詳しいですね」
「そう?」

 品良く微笑む母に、ついつい反論の言葉を失います。母のペースに巻き込まれたら最後、言いなりにならざるを得ないのです。
 僕達の前では、設計士さんがてきぱきと作業の指示を出し、それに従って床をはがしたり壁を壊しているのは ――― リフォームの手伝いに来てくださったギルモア研究所の皆さんです。力は人並み以上なので、それは心配ないんですが、どうにもやっぱり不安が残ります。
 今回は本格的なリフォームなので、梁や柱以外はすべて壊してるんですが、破壊工作……いえいえ、解体作業は豪快そのものです。

「やっぱり来年でもいいからちゃんと大工さんを頼みましょう、今の段階だったらまだ間に合いますから」

 思い切ってそう言いたいんですが、満足そうな母の笑顔と研究所の皆さんの楽しそうな雰囲気につい言いそびれてしまいます。
 とにかく突っ立って見ていても仕方がないので、作業を見ながら手伝うことにしました。
 玄関で仕事してくださっているのは、グレートさん、張々湖さん、それにピュンマさんです。

「おはようございます。本当にすみません、年末のお忙しいときに」
「ナンネ、遠慮することないアル」
「そうそう、たまには力を使わないと身体がなまっちまうし」
「いつもお世話になってるお礼ですから」

 こちらの都合だけで呼び出してしまっているのに、みなさんいやな顔ひとつせず、気持ちの良い挨拶をしてくださいます。 心苦しかった思いが少しだけ軽くなるような気がします。世間話がてら、作業の手伝いに加わることにしました。
 ギルモア邸の中でも、張々湖さんとグレートさんの会話は聞いているだけで全く飽きません。 「会話」なんて言いましたが、むしろ夫婦漫才のようなテンポのよさがあって、喧嘩交じりの掛け合い漫才についつい笑ってしまいます。 加えて今日はピュンマさんが絶妙なタイミングで突っ込みを入れ、何度も大爆笑に包まれます。
 ですが、季節は真冬、剥がした床から冷たい風が入り込み、吐く息も白く曇ります。思わず、くしゃみをしてしまいました。

「床や壁をはがしたから、寒いアルかね。ちょっと待ってるアルね」

 今日一番の得意気な顔になって、張々湖さんはどうするんでしょ……って、そ、そんなっ!!!!

「あっ、あの、こんなところで……やめてくださいっ!」
「なんだよ、先生、固いこと言いっこなしだぜ。第一、ちゃんと水の用意だってしてあるよな。なぁピュンマ?」
「……あのね、僕にその能力を使わせないでくれない?グレート」
「やっぱりダメアルね……残念アル」

 ―― 突然取り乱してしまい、読者の皆様には何のことだかお分かりにならなかったでしょう。大変失礼しました。
 実はですね、僕が寒いんじゃないかって張々湖さんが心配してくださって、暖を取るため、剥がした床材に火をつけて……(怯)。
 火気厳禁。今日は乾燥注意報も出てるし 風も強いですから、火事なんてことになったら大変です。万が一にも当医院から出荷したらご近所の皆様に申し訳が立ちません。 未然に防ぐことができて本当に良かったです。
 ところで、さっきグレートさんがおっしゃっていた「水の用意」ってのはどういう意味なんでしょう? あの部屋に水道もバケツも、ましてや消火器も無かったはずですが。 燃えた木材を片付けがてら、ピュンマさんに尋ねてみることにしました。

「あのピュンマさん」
「なんでしょう?」

 いつも本当にさわやかな笑顔です。「好青年」という言葉はこの人のためにあるといっても過言ではないはずです。

「さっきグレートさんがおっしゃってた『水の用意』ってのはどういう意味なんでしょう?」
「あぁ、そのことですか」

 ピュンマさんの表情はにわかに曇り、声のトーンもいくらか低くなりました。もしかして、僕は触れてはいけないことを聞いてしまったんでしょうか?

「先生はご存じないかもしれませんね、実は、僕の身体にはポンプが内蔵されてるんですよ、ほら」

 おぉぉぉぉ……ピュンマさんの口からチョロチョロ水が出てくるじゃありませんか! しかも水は強くなったり弱くなったり、ひとつにまとまったと思えば、3本にも4本にも分かれてみたり、かなり高度な水芸です。今時分であれば忘年会で盛り上がること間違いなしでしょう。

「今はほとんど水圧をかけてませんが、強くしようと思えば消防自動車程度までの水圧は出せますから」
「初耳でした。でもその能力使いすぎると脱水症状が心配ですね。今度診察するときは、その点も考慮しますね」
「えぇ、ぜひお願いしますよ」

 体内にポンプ内蔵させる改造……。僕は武器業界のことに明るくはないのですが、ポンプって戦闘時に役に立つものなんでしょうか(悩) 非戦闘時であればいくらかは想像できますが、 例えばドルフィン号の火災のときに消火のためとか、張々湖さんが火遊びをした時の後始末とか、お風呂の無いところではシャワー代わり(でも僕はちょっとご遠慮します)とか。 でも戦う武器としてはどうなんでしょう? こう言うのもアレなんですが、ブラックゴーストという組織の思惑がいまひとつ理解できないなぁと思うことがあります……



 ピュンマさんと別れ、廊下に出ると、グラググラグラ……じ、地震です!大きいです……と思ったら、ジェロニモさんが壁を取り壊していました(驚) ジェロニモさんが壁をグーで殴る度に家が不気味にゆれます。

「むぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「あ……あの、ジェロニモさん、そんなに力を入れなくっても大丈夫ですよ」

 顔を真っ赤にして壁を壊すジェロニモさんに声をかけてみました。けれどジェロニモさんは僕の方を一瞥しただけで、作業をやめることはありません。



「ぬあぁぁぁぁぁぁ」


−メリメリメリメリー




 あっ、あっ、やめてください柱にヒビが入ってます……(冷汗)

「あ、あの、これ以上力を入れると柱が折れてしまいますから、この辺でいいですよ」

 柱は家の大事な構成材、ヒビが入った部分は後で補修しないといけませんね。ですが、ジェロニモさんは表情も変えずに、

「大丈夫、もうすぐ、イワン起きる。直してもらうように頼めばいい」

 なるほど、これが噂の『困ったときのイワン君頼み』なんですね。
 イワン君が時折、「全ク 世話ガ 焼ケルヨ」って愚痴っていたのはこういうことなんだと納得しました。 赤ん坊なのに皆さんから尻拭いのアテにされて大変ですね。深く同情いたします。
 家が壊されてしまったら大変なので、設計士さんにお願いをして、ジェロニモさんの仕事を待合室用のテーブル作りに変えてもらいました。これでもう大丈夫でしょう。
 さて待合室を覗いてみることにしましょう。ここは畳敷きからフローリングに直す予定にしています。畳を剥がしているのはアルベルトさんですけど……畳1枚はずしたと思ったら、その場にしゃがみこんじゃいましたねぇ。

「アルベルトさん?」
「……」
「アルベルトさん?」
「……」
「もしかして新聞読んでます?」

 畳を片付ける作業をしていたアルベルトさんは、新聞のトラップに引っかかってしまいました。お約束といえばそうなんですが……ですがアルベルトさんの新聞読みは一味違います。僕たち凡人であれば、主要なニュースを懐かしみ、4こまマンガを読めば次の作業に取り掛かれるんですが、彼の場合、一面の記事はもちろん、社説、天気予報、株価にいたるまで表裏丁寧に読んでいらっしゃいます。

「石原先生」
「ハイ?」
「誕生日はいつでしたっけ?」
「はぁ?」

 いきなり振られた質問に、僕は本当に間抜けな声を出してしまいました。リフォームと新聞まではつながっても、そこに僕の誕生日がどう絡んでくるのかさっぱりわかりません。

「だから誕生日はいつなんだ?」
「5月2日ですが……」
「ということは、おうし座か……どれどれ、『本日の運勢。何事にも慎重に取り組むこと。人が思い通りに動いてくれなくても決してあせらないこと。特に身内に注意。急がば回れ』、だ」

 ……だ、って言われても、それ去年の新聞ですから!! 普通、去年の今日の運勢聞いても仕方ないでしょう…… でも、なんとなく当たってるような気がするのは気味悪いものです。忘れましょう、とにかく忘れることが一番です。

「それから ―― 37点だから」
「は?」
「おうし座の今日の点数は37点で最下位……ま、せいぜい気をつけることですね」
「ご忠告ありがとうございます。あの……念のためなんですが、運気を回復させるアイテムの欄には何か書いてありますか」
「どれどれ……あぁ『麻雀』、とありますね。なんだったら大学に行って藤陰先生と半荘やってきたらどうですか? こちらのことは我々に任せて」
「……いえ、だったらここでリフォームしていたほうがよっぽど身のためなので、お気持ちだけ有難くお受けいたします。……ところでアルベルトさんは?おとめ座ですよね、確か。どうなんですが、『今日の』運勢」
「いや、俺は占いは信じない主義なんでね」

 皮肉たっぷりに笑みを浮かべ、また新しい畳を持ち上げて、次の新聞を読み始めました。
 ……なら、僕の最悪な運勢を教えてくれなくてもいいじゃないですか(怒)


 待合室に長居は無用と判断した僕は、診察室へと向かいました。扉を開けると、すりガラスの窓越しに注ぐ太陽の光がまぶしくって思わず目を細めます。
 ここではいらないものの処分からはじめてるようなんですが、ずいぶんと騒がしいですね。どうやらフランソワーズさんがジェットさんと島村さん相手にごみの分別について説明しているようです。

「だからね、ジェット、何度も言うんだけど、クレンラップは塩化ビニールなの。燃やしたらダイオキシンが出るから、『プラスチックフィルム−食品ラップ−塩化ビニール製』の区分に捨ててくれない? それでね、エコラップは同じ食品ラップなんだけど、素材がポリエチレンだから『プラスチックフィルム−食品用ラップー非塩化ビニール系−ポリエチレンフィルム』に分けなくっちゃだめよ」
「あ゛ぁーーー。いちいちうっせぇーんだよ! 第一、見ただけでエコラップとクレンラップの違いなんかわかるかよっ」
「手触りとか、表面の粘りとか、厚みとか、いろいろ見分けるポイントはあるんだから、誰にでもわかるわよっ、お願いだからまじめにやって!」
「ね……ねぇ……、ここでそんな議論しててもさ、クレンラップごみはこのひとつだけでしょ、次のごみの分別を説明してよ」

 ごみの分別にそれほど議論をする余地があったかどうか・・・そこのところは理解できないのですが、このペースだとごみの分別だけで年を越してしまいそうなのは容易に想像できます。第一、クレンラップとエコラップ、当地では同じく「燃やせないごみ」の分類であったはずですが?

「あのぉ……ここの地域は「燃やせるごみ」と「燃やせないごみ」の区分しかありませんから、クランラップもエコラップも燃やせないごみに分けてください……」
「違うんです、石原先生」

 フランソワーズさん、大声の出しすぎで声が枯れています。

「今日、ここで排出されたごみはすべてギルモア研究所で回収させていただくことにしたんです」
「そうでしたか、それはありがとうございます。それで分別も自治体指定の分類とは異なるんですか」
「はい。分別を間違えるといろいろ不都合が出てしまうので、博士からくれぐれも間違いのないようにと指示されてまして」
「であれば私も協力させてください。こちらとしてはごみ捨てにお金がかからないので非常に助かります。―― それで研究所に持ち帰ったごみはどうなさるんですか?」
「もちろんすべてリサイクルして資源化します」

 いかにも当然といった表情で答えるフランソワーズさんに僕は驚きの声を上げてしまいました。

「そんなことが可能なんでしょうか」
「はい、もちろんです」

 ここで彼女は少しだけ憂いのある表情を浮かべ、しばらく何かを考えるようでしたが、やがて意を決したように口を開きました

「ごみのリサイクル技術は、ブラックゴーストで開発されたものなんです」
「ちぇ、このややっこしい分別は、やっぱりあのホネホネ野郎(スカール総統のこと)が考えやがったことなんだな」
「ジェット、いくらなんでも亡くなった人を『ホネホネ野郎』って呼ぶのはよくないよ。せめて『ドクロさん』くらいにしておかないと」
「2人とも、先生とお話してるんだから、静かにして頂戴っ!!」
「いや、僕のほうは気になりませんから。それで、先程からお話しているのはリサイクルを前提としたごみの分類なんですね」
「ハイ」
「是非お手伝いさせてください!まず分類はどのようにすれば?」
「えぇ……とこの分類表を見ていただければわかるんですが……」

 フランソワーズさんはエプロンのポケットから小さく折りたたんだ紙を取り出しました。ちまちまと広げて、広げて、広げて………………診察ベッドの上にA2(420mm×594mm)の用紙が姿を現しました。また、その紙に虫眼鏡でも必要なくらい小さな文字で細々と分類が書かれてありました。とてもじゃないけど一度で理解できる量ではありません。

「……こ、これが、分類ですか?」
「はい、一応分類の抜粋なんですが」
「抜粋って……」

 不覚にも絶句してしまった僕を無視して3人はまたごみの分別に取り掛かりました。ど……どうやら生身の人間には付いて行けない分類のようです。

「うわっ、この茶色のビン綺麗だよ。僕、欲しいなぁ」
「だめよジョー。それはまず紙のラベルを剥がして、紙は『再生紙−印刷済みラベル用紙−薬品ビン用』に分けて、その茶色のビンは『ビン−薬品用ビン−茶褐色ビン』に分けて頂戴」
「色ごとに分けんのかよ、めんどくせぇ」
「仕方ないじゃない、それが決まりなんだから」
「でもねぇ……ごみの分類が1000種類に分かれるんだからさぁ、ちょっと僕には覚えられないな」
「覚えられないって……だってジョー、ごみの分類が補助脳に記録されてないの?」
「記録? そんなものはないよ……っていうか、ごみの分類、他の人もできるの?」
「当たり前じゃない、ジェットが例外なだけで、みんなできるわ。なんでアナタはできないの?」

 ちょ、ちょっとフランソワーズさん、そんなに責めたら島村さんが泣いちゃいますよ。現に今の彼はしかられたときのクビクロみたいな顔になってます。 僕が止めに入ろうとした丁度その時、フランソワーズさんが小さく「あっ」と叫び、咄嗟に両手で口を押さえ、気まずそうにうなだれました。

「どうしたんですか?」
「そうよね、ジョーは改造されてすぐにあの基地から脱走したから……ちゃんとした訓練を受けてないんだわ」

 自分を責めるような口調でフランソワーズさんがつぶやきます。

「訓練?」
「えぇ、廃棄物分別訓練。ブラックゴーストは世界征服した後の地球のことを殊更心配していて、第二次世界大戦終結直後から環境問題を全面的に取り組んでいたの。石油に頼りきっていてはエネルギーはすぐに枯渇するし、生態系が破壊されれば人間にも遅かれ早かれ被害が及ぶだろうからって……。
 だから彼らは極力廃棄物を減らそうと、特別なプロジェクトチームを組んで、研究開発に当たっていたんです。私達が開発されるころには、ほとんどの工業製品のリサイクル化に成功していたわ。だから、私たちも起動後まもなく、徹底的にごみ分別の教育訓練を受けたのよ……。そう、骨の髄まで徹底的にね……あの訓練は本当につらかった……」

 気づくと僕たちの周りにはサイボーグの皆さんが集まっていました。
 さぞ厳しい訓練であったのでしょう、皆さんの表情にも苦悩の色が浮かびます。

「今、巷の会社でやってるISO14000(アイ・エス・オー・イチマンヨンセン※1)なんて軽く超越した規格だし」
「ワテも訓練で、なんでもかんでも燃やすなとずいぶん起こられたアル。有害物質が出るからだそうネ」
「俺なんか、開発したリサイクル燃料の試験体に使われたばっかりに、ジェットエンジンが燃焼しなくって、何度も何度も落下したぜ」
「ジェットの開発当時はリサイクル燃料も質が悪かったんだろう、大変だったな」
「ま、そうでもしなきゃ、あの巨大組織のエネルギーを賄うことができなかったのは事実だ」
「『環境に取り組んでいたら経済破綻をおこす』ってふざけたことを言ってる某国の身勝手さが笑えて笑えて仕方がないよ」

 ピュンマさんの言葉に皆さんが深く頷いていらっしゃいます。
 そんな厳しい訓練を受けているからこそ、今私たちが抱える環境問題が歯がゆくて仕方ないのでしょう。

「ねぇ……」

 遠慮がちに声を発したのは島村さんでした。仲間達の思い出に共鳴できないためか、少しだけ寂しそうでもあります。





「……ってことはブラックゴーストに世界が支配されたほうが、地球のためには良かったの?


―――― なーーーーんてね、冗談だよ、冗談、アハハハハハ……」






島村さん、それはたぶんしゃれになりませんよ、だって他の皆さん、顔が青ざめてますし……(音も立てずに逃亡)





(fin)







※1 ISO(International Organization for Standardization)14000
「環境マネジメントシステムに関する国際規格」
組織(企業・自治体)などに対して、環境に負荷をかけない事業活動を継続して行うように求めた規格。
ごみの排出を少なくし、リサイクルを増やす活動を計画的、継続的に行うよう、取り組みを明確にさせ、それを遵守していることをISOが審査する。 審査にパスした組織はISO14000認定事業所と認定され、認定された組織はそのことを対外的にアピールすることができる。
ぶっちゃけ、最近はこれを取得してないと、商売ができません(涙)




 HOIHO様のサイト「Metal Chamber」での12345番HITキリリクを頂戴致しました。
 お題は「ウチのオリキャラと00ナンバーの皆様方の絡み話。ただし人選は全てお任せ致します」というモノ。「一体誰を選んで下さるのかな〜」とわくわくドキドキお待ちしていたら!
 登場してきたのは石原先生とメンバーさん全員! しかもHOIHO様は石原先生のお母様まで書いて下さいました〜(踊っ♪)
 普段はおっとり上品だけれどキレたが最後性格激変なんて、さすがHOIHO様、弊サイトの女性オリキャラ陣の性格をしっかり捉えていらっしゃいます! しかも「昭和の香りムンムン」で、お爺ちゃんお婆ちゃんには評判がいいけれど子供たちにとってはお化け屋敷という石原医院の設定、もろに管理人のドツボを直撃して下さいましてよっ!! なので背景もそれに合わせたつもりなのですが、少々渋くなりすぎてしまったでしょうか…(汗)。
 そんな管理人のセンスはともかく、他にもピュンマ様の水芸、アルベルト様の最悪星占い、フランちゃん&ジョーくん&ジェットくんによる1000種類にも及ぶゴミ分別と盛りだくさんの内容、そして最後のトドメには!

>…あぁ『麻雀』、とありますね。なんだったら大学に行って藤陰先生と半荘やってきたらどうですか?

 なんて、さりげなく「まあじゃんほうかいき」とも呼応した心憎い演出!

 ですがやはりこのお話の白眉は「お母様やナンバーさんたちに気を遣いまくる石原先生」、やはりこれでしょう。言いたいことはたくさんあるのにどうしても口に出せず、一人悶々と思い悩む姿はまさに秀之君の面目躍如〜。そう、これこそが「優柔不断な晩生のとっちゃん坊や」の生きる道! 頑張れ石原秀之!
 このお話を頂戴したおかげでますます石原先生がいとおしくなってしまいました。さ〜て、次回はどんな手でいじめてやろうかな〜(違うだろ>自分)。

 HOIHO様、素晴らしいお話を本当にどうもありがとうございました(平伏っ)!!
 



蓬莱に戻る