ツワモノ達の戦場


着替えを終えて更衣室を出ると、店の中央にひとだかりができていた。


ひとだかり…といっても、開店前のことだからそれはもちろん客ではない。
この“ホストクラブ009”の従業員達だ。


新人(とはいえ、ヤツらが入ってからもう半年にはなるか)のジェットとジョー。
それにグレート。
その3人に取り囲まれるようにして座っているイワン。


店をぐるりと見渡すと、開店準備はまだ手つかずのようだった。


―全く。仕事おっぽり出して何ちんたらしてやがる。


「おい。ぐずぐずしてるとまたオーナーにどやされるぞ」
さっさと開店準備に入れ。おまえら新人の仕事だろうが。


「おお、ハインリヒ。いいところに」
仰々しい身振りつきでグレートが振り返る。

アンタまで一緒になって何油売ってるんだ。

ぎろり、とかなり機嫌が悪く見えるだろう目つきで睨む。
が、ヤツはそんな俺の反応に慣れているのか、全く気にすることなく朗々とした声をあげた。

「我らが頭脳・イワンが、素晴らしいものを発明したのだぞ!
 今日は店なんか閉めて祝杯をあげたい気分だ」

そんなこと、あのオーナーが承知するはずなかろうが。

眉間に皺を寄せて、その素晴らしい発明品とやらを見やる。




たった14歳でありながらこの店のもうひとりの看板であるイワンは(No.1はもちろん俺だ。当然)、
表向きはまだ中学生ということになってるが、義務教育なんざ実はとうの昔に終わらせている。

故郷で天才と謳われたヤツがこの国でホストなんぞしているのは、研究の息抜き、だそうだ。

自分の職業を息抜き扱いされては当然腹も立ったが、ヤツが持つ数々の特許を前に怒りは引っ込んだ。クソ忌々しい話だ。



「今度は何だ?」
またくだらないものだろう、どうせ。

以前作った“タケコプター”なるものは、結局人間の体重を支えきることができず、失敗に終わった。
イワンの実験の為に、この辺りの野良猫が何匹空中に浮かび上がって帰ってこなかったかいちいち数えていない。


イワンの手の中にあるものを品定めするように眺める。

時計の模様の入った、なんとも趣味の悪いぴらぴらした布切れ。
これが今回の発明品だってのか?


「タイ●風呂敷だよ。ハインリヒ」
聞いたことないな。

「なんだ、それは」
「知らねぇんすか?ハインリヒ先輩?!」

ジェット、人の耳元で素っ頓狂な声をあげるな。
知らないからなんだっていうんだ?


「勉強不足だな、ハインリヒよ」
さも得意げに、グレートが胸を張る。
どうやらヤツはタイム●呂敷とやらの正体を知っているらしい。


コイツまでもが知ってるとなると、途端に知らない自分が不安に思えてくるのだから不思議だ。
しかしそのことは態度に出さず、馬鹿にしきった表情は変えない。

ジョーがおずおずと耳打ちするように小さく言った。

「あの、ドラ●もんの秘密道具の一つです。物を新しくしたり、人を若返らせたり」


…ド●えもん?


はっ!馬鹿馬鹿しい。知らなくて当然じゃないか。

俺の頬に、ますます嘲りの色が浮かんだのが不快なのか、イワンが鋭い声をあげる。

「馬鹿にしてもらっちゃ困るな。あの漫画の発想はボクの研究に大いに役立ってるんだから!」

…ガキのたわごとだな。

いくらいくつもの特許をとっていようとも、所詮ガキはガキだ。
発想の元が漫画ってのは、俺達大人には考えもつかない。


ぎゃんぎゃんとがなりたてるイワンを片手で制して、見せ付けるようにあからさまに溜息をつく。
このまま放っとくと、専門用語を並べ立てていかに自分の発明が優れてるか、を長々と解説しだすのだから手に負えない。

これだから早熟な天才ってのは始末に困るんだ。
しかも専門馬鹿ってんなら、まだいいが―。

この頭脳を持ったコイツが、ここで女性心理を身につけていったら、将来どんな男に育つか、空恐ろしいものがある。



「で、何のために作ったんだ?」
興味があるわけじゃない。
が、一応俺が聞かないことにはこの場はおさまらないだろう。

「もちろんお客様のためだよ。一番美しかった頃の自分に戻りたいっていう女性はたくさんいるからね」
ふむ。まぁ、正論だ。

「少しでも美しく、少しでも若く、と望んでる女性はどれだけいると思う?
 そしてその女性達が、エステや美容整形外科に年間何億のお金をつぎ込んでると思う?」


―正義感ぶった最初の台詞は建前か。
つまるところ、金儲けだな。目的は。

…まるでオーナーと話してる気分になってきた。
金金金。それしかないのか、おまえらの頭には。




「…おまえの言いたいことはよーくわかった」
わかったから。
「さっさと開店準備を始めろ」
いつまでもたむろってないで。


「いや待ちたまえよ、ハインリヒ」
おいおい、今度は何だ?
大体古株であるアンタまで一緒になって、恥ずかしくないのか、先輩として。

「今日は是非にだな、このタイム風●敷で我輩20代の頃にでも戻ってご婦人方にサービスしようかと思うんだが、どうだろう?」

…開いた口がふさがらないな。
「やめておけ」

「そうか。やはり男の魅力は30から、とおまえさんも思うか。
 では31,2歳の頃にしよう」

やめておけと言ったのはそういう意味じゃない。勝手に勘違いするな。
「頭が痛くなってきた…」

「大丈夫っすか?ハインリヒ先輩」
いいから。放っておけ。というか、頼むから放っておいてくれ。

「ジェット、おまえはさっさと仕事に入れよ」
くだらないことに費やしてる時間はないぞ。

「え、いや俺も…。タイム風呂●使ってみたいかな〜なんて」
ジェット、おまえもか。
「何歳くらいがいいっすかね?」
聞くな、俺に。


「ボクもさ、今日は22,3歳の姿でサービスするのもいいかなって思ってるんだけど」
イワン、おまえは“少年ホスト”が売りだろうが。
余計なこと考えるんじゃない。


「僕は逆に…15歳くらいになるのもいいかなぁって」
ジョーまでもか。呆れてものも言えん。


「まぁちょっと待ちたまえ。我輩が先だ。こういうことは順序を守らんとな」
「何言ってるのさ、グレート。ボクが発明したんだよそれ」
「わわ!急に引っ張らないでくださいよ。 ジョー!おまえも手ぇ放せ!」
「ジェットこそ放しなよ」


4人の手の中を行ったり来たりする布切れ。
偉大なる発明品であるそれが、引っ張られて千切れんばかりになっている。


勝手にやってくれ。


ヤツらの興味が自分からそれたのを幸い、見たくもない騒動に背を向けて、休憩室に戻ることにする。

どうやら今日の開店は少し遅れることになりそうだ。
それまで一眠りしてるのもいい。


何をしたというわけでもないのにやたら疲れてるように思える。
肩を揉むために手を持ち上げ…ようとすると、いきなり視界が塞がった。

同時に頭になにやら布切れの感触。

…まさか―?!



「「「「あ、」」」」

低音と高音の四重奏が、開店前の寒々とした空間に響く。



果てしなく嫌な予感を感じながら、頭に乗っかったままの布切れを掴む。
右の手の中に握られたそれは、予想通り趣味の悪い時計模様。



一体俺はどうなったのか?


あんぐりと口を開けた4人の間抜け面だけでは予想がつかない。



――身体に変調はないようだが…。

イワンの正体不明の発明品を、この身で試すことになるとは思わなかった。
まぁ、すぐに元に戻るんだろ?またこれを被れば。



「うわ!ハインリヒ先輩かっこいい〜」
「マジすげーな、おい。ハリウッドスターも真っ青ってなぐらい」
「ふむ。これで何歳くらいかね?イワン」
「う〜ん、被ってた時間からして、10歳ちょっとくらい若返ったかなぁ」

なんなんだ、いきなり。

堰を切ったようにしゃべりだすヤツら。
人の顔を物珍しげにまじまじと見つめる瞳がうざったい。


さっさと元に戻ろうとして、ぴたりと手が止まる。

――やはり一度自分の姿を見てからにしよう。


歓迎しない事態とはいえ、興味が湧いてしまうのは人として当然の衝動だと思うんだが?


鏡を求めて、PRIVATE と書かれたドアへと足を向ける。
従業員用の姿見がドアの向こうにあったはずだ。


「昔は髪が長かったんだな、ハインリヒ先輩」
「ねぇ?すっごくかっこいいよね。憧れるなぁ」
「ボクだって成長すればあれぐらい」
「我輩だって昔は髪もふさふさで…」


なんやかんやとうるさい外野の声は一切無視してノブを捻る。
これ以上、自分の姿をあれこれ評価されるのはごめんだ。
さっと見るだけ見て、とっとと元に戻ろう。



――そう、決心した矢先。

「あら、ハインリヒ」
よりにもよって、一番面倒なヤツに見つかる羽目になろうとは。


開いたドアの向こうには、我がクラブの若きオーナーの姿があった。


「どうしたのよ、その格好。 …もしかしてイワンの仕業?」

聡明なるオーナーは、瞬時にして状況を察したらしい。
それとも、前もってイワンの発明のことを聞いていたのか?



「ふーん…、かなり魅力的ねその姿も」
品定めするような視線が、俺の全身を這う。

妙なことを言い出す前に元に戻った方がよさそうだ。



そう判断して、無言でくるりと踵を返した俺の背中に、当然の如く投げかけられるきっぱりとした命令口調。

「ハインリヒ。今日はあなた、その姿でお店に出てもらうわね」

…言うと思ったぜ。


「グレート、あなたは20代後半。ジェットは10代前半ね。ジョーは20代半ばになってちょうだい。
 それからイワン。あなたは16歳よ。それ以上に成長したら、お客様を失うことになるわよ」

きびきびと、その場にいたメンバーに伝達していく様子は、さすがと言おうか。
この“銀屋横丁”で敏腕オーナーの誉れだかい彼女ならでは、だ。


「さぁ、仕事に戻って!」

急な展開についていけないのか、それとも指定された年齢に不満でもあるのか。
固まったままのヤツらの前で、ぱん!と両手を弾いて。

「ピュンマ達を呼んできてちょうだい。今日はサプライズディ、ということにして、全員にタ●ム風呂敷を被ってもらうわ。
 評判がいいようだったら年イチ、もしくは月イチの行事とします」

…そいつぁ、天晴れな商売根性だな。

反対しても無駄、というのは既に身をもってわかっている。
“軍服ディ”がいい証拠だ。

せめて月イチは勘弁してくれ、と心中密かに祈りながら、重い足取りをのろのろと前へ動かす。




「それからイワン?この発明を使った例の話、今日お店が引けた後にでも煮詰めていいかしら?」
例の話?

やはり前から知っていたのか、と思いつつ耳をそばだてる。例の話とやらに興味がある。


―コイツですら、若く美しくありたい、と普通の女が思うようなことを考えるのだろうか。

そんなこと必要ないだろう、とは思うものの、それを口に出してまでは言わない。
おまえは今のままで充分だ、なんて歯の浮くような台詞、仕事中ならともかくプライベートでまで言いたくはない。



「ああ、“エステクラブ009”の? あれなら、計画通り進めてくれてボクはかまわないよ」
「よかった。実はもう、お店の下見にも行ってきたのよ」


くい、と赤く塗られた口角があがる。


店の下見どころか、既に年間売上目標まで、コイツの頭の中では構想されているに違いない。

――そう確信させるような、鮮やかな笑顔だった。




金の亡者か、商売の女神か。


どちらにしても、何かしらの形で俺達も協力させられるだろうことは明白だ。




ますます重くなった足をひきずりながら、俺は鏡を見るのも忘れて休憩室のソファに沈み込んだ。





開店の時間はもうそこまで迫っている――。







〈了〉



 かあお様、サイト開設一周年、おめでとうございます!!! 記念SSは「あの」ホストクラブ設定にタ●ム風呂敷ですか!(爆)
 華麗なる美少年に変身なさったアルベルト様、20代後半のグレート氏、10代前半のジェットくん…。おまけに最後のトドメが16歳のイワンくんなんてっっっ!! もうそれだけで管理人、鼻血噴いてぶっ倒れそうでございますわっ。しかしここはもう一踏んばり、何が何でも20代半ばのジョーくんを拝まなければっ!!! …ああ、蘇る「超銀」、そして今や(多分)絶版となった「SFロマン」!! ふごおおおぉぉぉっ(←悶絶)!
 …邪道な楽しみ方をして申し訳ございません(←かあお様は243好き)。でもでも、管理人が至福のひとときを過ごさせて頂いたことだけは真実でございますっ! 本当に、どうもありがとうございました!!!
 



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