しとしとと降り続ける雨が、毎日のように大地を潤してゆく。
 それは土の地面にだけでなく、足下に広がるアスファルトにも公平に。



 色とりどりの傘が交差点を流れ、すれ違って行くそんな中、

「あら、素敵♪」

 うっとりとした響き含む声を紡ぎ出して、フランソワーズは足を止めた。
 梅雨入りしたばかりの、都会の中心で。

















 純白















 唐突に立ち止まった娘に、周とクロウディアは首を傾げて振り返った。
 その娘 ──── フランソワーズは、夕食の買い物袋を胸に抱きしめたまま、とある
ショーウィンドウに釘付けになっている。
 休日の昼下がり、人々が普段より多く行き交う中で立ちつくすようにディスプレイを見つ
める彼女の姿は、少しばかり滑稽…だったかも知れない、が。
「フランソワーズ?」
 そんな様子で一向に動こうとしない彼女に、クロウディアが声を投げた。
 するとフランソワーズは、顔も視線も二人に向けないまま、
「見て見て」
 と、ヒラヒラと手招きだけを向けてきた。
 相変わらず首を傾げながらフランソワーズの元に歩み寄った二人は、彼女の眺めて
いるものを見て、ああ、と納得したような声を漏らす。


 フランソワーズが釘付けになっていたものは ──── ウェディングドレス。


 長い長いチュールに、幾重にもなったペチコート。
 ふわふわの袖口や、背中の大きなリボンが可愛らしさを醸し出していて、正に妖精の
ような凝ったデザインの一品だった。

「うわぁ、綺麗っ!」

 クロウディアも思わず、ショーウィンドウのガラスに張り付いた。
「似合いそうね」
 周がディスプレイとフランソワーズを眺め、くすりと微笑む。





 そうか、6月 ────── ジューンブライド。





 世界中の女の子たちが、憧れてやまない、その季節(とき)。




 周は、そっと…フランソワーズに視線を移した。






 こんな『境遇』の中で。
 闘って、生きてきて。
 『普通の日常』とはかけ離れた生活を送っている、けれど。

 やっぱりフランソワーズも、そしてクロウディアも。






 『幸せ』を夢見る、『女の子』、だ ───── …











「着てみたら?」
「え?」

 唐突な周の提案に、フランソワーズは驚いて振り返った。
「絶対、似合うと思うのよ。だから」
「でも」
「いーじゃない。どうせ必要になるんだから」
「そーよそーよっ!」
 ヒラヒラと手を振った周とクロウディアに、フランソワーズは一気に赤面。
 しかし、浸っているうちに、クロウディアの幼い手に引かれ…気が付いたらあっという
間に店の中、だった。
 その店はアンティークなデザインのドレスや小物が置かれた、小さな店だった。ヴィク
トリア朝のような雰囲気の調度品やソファーなどが綺麗にディスプレイされているところ
が、また一層、アンティークな雰囲気を心地よく広げている。
 オーナーらしき老婦人が深々と頭を下げて出てくると、周がショーウィンドウのドレスを
指さして、ちらりとフランソワーズに振り返った。


「こちらへどうぞ、お嬢様」


 周との話がついたらしい老婦人が、上品な仕草で、フランソワーズを招く。
 戸惑いながら周とクロウディアを振り返ると…その母子は、これまた豪勢なアンティーク
のカウチに座って…優雅に手を振っていた。





 白い ───────一 点の曇りのないその色に、袖を通す。





 老婦人に手伝われながら、自分がどんどん変わっていくような気がした。
 
 

 望めなかった。
 望む暇なんてなかった。
 望む資格すら、なかったのに。




 今 ───── …




 こうして『普通の女性』としての『幸せ』を、全身で感じている。




 変わる。
 かわる。
 カワル。






 そう ────── 『普通』、に。



 こんな綺麗なドレスを着て、大好きな人の元へ飛び込む、『普通の女性』に…なれる。










「はい、できましたよ」




 老婦人に声を掛けられて我に戻ると、しっかり頭に花冠だのベールだの付けられてい
て…今すぐ式場に飛び込めそうなほど完璧なスタイルにされていた。
「わぁ…」
 フランソワーズの唇から、感嘆ともつかない声が、漏れる。
 鏡の中の自分は、まるで別人。見つめ返している紺碧の瞳だけが同じな、他人のよう
に見えた。

「見事見事」
「素敵ー! フランソワーズっ!」

 突然、背後から、二人分の拍手が響く。
 
「あー幸せ。これで思い残すことはないわ。孫嫁の花嫁姿が見れたし」
「まだ本番じゃないよ、周」
「そうね。それまではやっぱくたばれない」

 勝手に盛り上がる、似たもの母子。
 その二人の言葉に何だか恥ずかしくなってしまって、フランソワーズは顔を赤らめつつ
俯いてしまった。


「綺麗よ、フランソワーズ」


 そっと、周が優しい声音で囁いた。
「やっぱりオンナノコはこうでなくっちゃ」
 悪戯っぽい鈍色の瞳が、これまた悪戯っぽく、ウインク。


「そーだ、花婿に見てもらわなきゃね」


 思いついたように周が手を叩き、テレパシーを送ろうとした矢先、
「あっ、周も何か着せて貰ったらっ?!」
 恥ずかしさにその行動を遮ろうとしたフランソワーズは、とっさに周へと話を振った。



「は? ワタシ?」



 周の瞳が、パチパチと凄まじいスピードで瞬きを繰り返す。

「なーに言ってんの。子持ち・孫持ちだし? 私」
「で、でもほらっ! 着る予定あるじゃないっ!」
「…一体、何を口走ってるの、フランソワーズ」

 鈍色の瞳が、少しだけ鋭くなる。
 しかしフランソワーズは負けじと、所々にディスプレイされたドレスを物色し始めた。
 その様子を見守っていた、老婦人は口に手を当てて上品に笑うと、一言。

「ご用意いたしましょうか」




















「遅い」

 これ以上はないというほど不機嫌な声で、アルベルトは呟いた。
 雨が降りしきる中、しかも1時間近く、待ちぼうけ。更に連絡は一切無し、ときたものだから
不機嫌にもなるだろう。
「何処に行っちゃったんだろう」
 大荷物を抱えたジョーも、心配顔。
 それもそうだ。脳波通信で幾ら呼びかけても待ち合わせの場所に女性陣が現れないのだ
から。
「まぁ、女性の買い物は長いっていうから」
 苦笑混じりに呟いたのは、ピュンマ。いつもはジェットがこのメンバーの買い物に付き合わ
されるのだが、何をどうしてきたのか分からない足の故障のため、ギルモアに外出禁止を食
らっている。その代理、と言えば聞こえは良いが…ぶっちゃけ犠牲者、なのかもしれないのは、
ピュンマ本人にも自覚はあるようで。

 そんなこんなで待ち合わせの場所にも来ない、脳波通信&テレパシーもシャットアウト。
 アルベルトじゃなくとも、何処で何をしているのか、という文句のひとつぐらいは出てくるであ
ろう。

「集合場所は、ここで良かったんだろうな」
「間違いないよ。ここの噴水、って決めてたし」

 相変わらずの冷たい声に返答したのは、捨てられた子犬のように弱々しい、声。
 あまりに痺れを切らしたアルベルトが「先に帰るか」、と呟きかけたとき。


「あれ?」


 周囲を見回していたピュンマが、突然、すっとんきょうな声を上げた。
「何だ」
「……あれ、見てよ」
「「あれ?」」
 ピュンマの指し示した方向にあるのは、何やら高級げな……アンティークっぽい店。
 そして、ガラス張りのディスプレイの隙間から見えたのは……


「あいつら……何をやっている」


 その様子を見て、アルベルトは眉の端を上げた。

 垣間見えたのは、花嫁ふたりと、プチ花嫁ひとり。
 ひとりは妖精のようにふわふわ。
 ひとりはクールでシンプル。
 そしてもうひとりは、妖精に従事したような、プチ妖精。



「うわぁ」



 思わず、ジョーが喜びの声を上げて釘付けになった。その瞳にはもちろん、意中の彼女し
か映っていなかったけれど。
 その側で…

「いいじゃないか、アルベルト」
「何が」
「綺麗だよ、周。そのまま攫っちゃえばどうだい?」
「欲しけりゃ、やるぞ」
「…………勘弁してください」

 アルベルトの絶対零度に、ピュンマは半泣き。




 しかし「欲しければ、やる」って言うことは。


 それなりの自覚はあるんじゃないのかい? アルベルト ────── ……




 何だかんだ文句は言っても…アルベルト、君だって、クールな花嫁に釘付けになってい
るじゃないか。












 何だか可笑しくなって、ピュンマはひとり、含み笑い。

 









 宝石も何も付けなくても。
 そのシンプルな「白」だけで、全てを引き立たせてしまう、彼女。






 さぁ、アルベルト ────── 覚悟しておきなよ?










 遠いか近いか分からない、未来の、「その時」。



 あの孤高の花嫁、なら。

 純白のベールを優雅に翻しながら、挑戦的な鈍色で君を見るに、違いない。 










                                 <了>



 祝・「凛樹館」開設一周年っ!!! そして記念フリーSS、どうもありがとうございました〜(平伏)。
 美女と美少女三人組の麗しき花嫁姿、目一杯堪能させていただきましてよっ(興奮)! ん、もう。ジョーくんといいアルベルト様といい、この果報者コンビがっ。
 そんな中、「欲しけりゃ、やるぞ」と言われて「…勘弁してください」と半泣きになってしまわれたピュンマ様も最高でした。近頃すっかり「被害者」が板についてしまわれましたわねぇ…(涙)。しかしそのピュンマ様でさえ最後には笑顔になってしまわれたのはきっと、純白に包まれた皆様のお姿が神々しいばかりに美しく、光り輝いていたからですよねっ。
 
 しかしながら日本で「ジューンブライド」やるにはかなりの根性が必要ですわよ(←元結婚式場のバイト巫女は語る)。困ったことにこの国の6月はもろに梅雨時、高温多湿。一生一度の緊張と豪華な花嫁衣裳の重さ、窮屈さに耐えかねて失神寸前になったご新婦様をばあやは何人見てきたことか…。
 ですから皆様、「未来のその時」にはぜひぜひ海外挙式で! ドルフィン号に缶カラつけて、ハワイにでもグァムにでも派手に繰り出しましょうっ。
 そんな幸福な光景が拝見できるその日をばあやは楽しみにしておりますわっ!
 あらためてjui様、本当にありがとうございました〜♪
   



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