あどけない話 3


※ 第三話、どこで切ったらいいのかわかんなくなって残り全部載っけちゃいました。少々長めです。…すみません(作者)。

 ますますきょとんとしてしまったパピに、イワンの言葉はなおも続く。
(僕ノ仲間ハ皆、ソレゾレ何カシラノ得意分野、専門分野ヲ持ッテイル。オマケニ全員、IQモカナリ高イシ、ソノ見識ヤ洞察力ハ中々ノモノダ。チナミニ僕ノ場合ハ主ニ生体工学ヤ電子工学、生物学ニ物理学等々…カナ。ツマリ完璧ナ理系人間デ、恥ズカシナガラ文科系ニツイテハゴク一般的ナ、学生れべるノ知識シカナイ。ダカラ人文系学問ニ造詣ノ深イ相手ノ話ヲ聞クノガスゴク刺激的デ面白インダ。ダケド、残念ナガラ経済ヤ経営分野ニダケハ、アマリ詳シイ仲間ガイナクテサァ…)
 そこで、かすかに頬を膨らませたイワン。
(ソレニ、中ニハ知的会話ヤ議論ソノモノガ嫌イトイウ者モイルカラネ。じぇっとニナンカイツモ逃ゲラレテル。デモ彼モ、単ナル世間話トシテナラ―現代若者文化ヤ青年心理学、犯罪心理学ヤ教育学ニツイテ中々鋭イ考察ヲ聞カセテクレルコトガアルンダヨ。…マ、ソレハコッチノ運ガヨッポドイイ場合ニ限ラレテルケドネ)
「へ…え」
 どうやらパピも、かなり興味をそそられてきた様子である。
(会話ヤ議論ヲ楽シム術ヲ心得テイルトイエバマズあるべると、ぴゅんま、ぐれーとノ三人ダロウナ。中デモあるべるとトぐれーとハカナリノ芸術家肌ダカラ、当然芸術、文学等ノ分野ニ詳シイワケダ。モットモ、あるべるとノ場合ハソレニ哲学、ぐれーとダト歴史ガ加ワルケドネ。ぴゅんまハ多少経済学ニモ明ルイガ、彼ノ専門ハ環境保全ト獣医学ガ主ダカラ、経済ニツイテハ環境ニ影響ヲ及ボス一要因トシテシカ研究、理解シテイナイキライガアル。…ソウソウ、芸術家肌トイエバふらんそわーずヲ忘レチャイケナイ。彼女ノ芸術論モ大イニ拝聴スベキ価値ガアルヨ。電子工学ヲ専攻シテイタトイウ話モ聞イタケド、ヤッパリ彼女ガ一番好キナノハばれえ…芸術ナンジャナイノカナ。少ナクトモ、僕ハソウイウ印象ヲ持ッテイル)
「ああ…しょれにはボクも賛成でち。この前、公演のときの写真を見ちぇてもらったの。フランソワーズしゃん、とっても幸せそうな表情で踊ってまちたよ」
 思いがけない賛同者を得て気をよくしたらしく、イワンはますます上機嫌になる。
(じぇろにもノ専門ハ「生キルタメノ知恵」…カナ。正直、彼ノ思想体系ハ僕ニモ完全ニハ理解デキナインダ。タダ、現代社会ニオケル一般的ナ思想・学問ノ範疇ニハ到底収マラナイモノデアルコトハワカル。シイテ似通ッタモノヲアゲルナラ、禅…ダロウカ。禅ニハ「不立文字」トイウ言葉ガアルケド、じぇろにもノ場合ハ「不立言語」トモイウベキモノデネ。彼ノ持ツ知恵ハ決シテ言葉デハ伝ワラナイ。文字バカリカ話シ言葉、言葉ニヨル思索スラモ、彼ノ内面ヲ探ルニハ何ノ役ニモタタナイ。…デモ、ホンノヒト時彼ノ膝ニ抱カレ、彼ト同ジ時間ヲ過ゴシ、彼ノ精神ニ同調スレバ、驚クホド明瞭デ静謐ナ、世界ノ「モウ一ツノ顔」ガ見エテクルンダヨ。僕ハ時々、彼ノ許可ヲ得テソノ精神ニ同調サセテモラウンダケドネ、本当ニ―癒サレル。今度、ぱぴチャンモ是非ヤッテミルトイイヨ)
「…でちね。機会があったらボクも、ジェロニモしゃんに抱っこをお願いしてみまち」
(張大人モ、経営学ニハ比較的詳シイ方ダト思ウ。何シロアレダケノ店ノおーなーダカラネ。タダ、ソノ本質ハトイウトヤッパリ職人ナンダヨ。経営ヤ経済ノ話ナンカヨリ、料理ノれしぴヤ栄養学、アルイハ食材調達ニ必要ナ動植物ノ地理的分布ヤソノ歴史ナンテ方ガズット詳シイシ、話題モ豊富ダ。…オマケニ、話シテルトスグ自分デ作リタクナッチャウンダネ。セッカク話ガ佳境ニ入ッテキタトイウノニイキナリ台所ニ立ッテ行ッテ調理ニカカルナンテコトハショッチュウダモノ。オマケニ、「危ナイカラアッチヘ行ッテルよろし!」ナンテ、僕ヲ追イ出スンダヨ? ヒドイト思ワナイ?)
 今度はパピは何も言わず、そっとイワンの頬をなめただけだった。もしかしたら「イワンくんも苦労しまちねぇ…」とか何とか言いたかったのかもしれない。
(サテ、最後ハじょーダケド…昔ハ専ラぎるもあ博士ノ弟子、生体工学ヤ解剖学専門デ…正直僕ニハ、アマリ楽シイ話相手ジャナカッタ。ダッテ、彼ガ勉強シテイルノハ、トウニ僕ガ知ッテルコトバカリダッタンダモノ。デモ、最近デハ考古学ニモ興味ガ出テキタミタイデネ。アチコチノ発掘調査ニ参加シテ、面白イ話ヲタクサンシテクレルヨウニナッタンダ。モットモ生来ノ性格ナノカ、アマリ自分カラ喋リタガルたいぷジャナイカラ…。話ヲ引キ出スノニ苦労スル点デハじぇっとトドッコイドッコイカナ。―デモコレデワカッテクレタロウ? 僕ガ君ニドレダケ期待シテココニヤッテキタカ。ネェ、教エテヨ。会社経営ヤ財務、会計ノ実務ッテドンナコトヲスルノ? 今後ノ世界経済ノ動向ニツイテ、君ハドウイウ展望ヲモッテイルノ?)
 ぐっとクーファンから身を乗り出され、パピはちょっと慌てた。
「え…でも…ボクはただの『実務屋』でちから…しょんな、体系化された学問とちての経営学や経済学なんてこれっぽっちもお勉強ちたことないんでちよ」
(ダカラァ、ソノ実務…仕事ニツイテ話シテクレレバイインダヨ)
「だけど…」
 パピがぐずぐずと煮え切らないのは、イワンの言う仕事や実務についての話をすれば、間接的にBG直営企業の情報を漏らすことになりはしないかと慮ったせいだろう。それに気づいたイワンは、ちょっと質問を変えてみることにした。
(ジャァサ、コウイウ質問ナラドウダイ? 例ノ…BG直営企業ノ方針大転換ノ際、株式上場シテイルトコロハ全部、環境問題ヘノ取リ組ミ強化ヲ宣言シタヨネ。ソリャァ、以前カラソノ手ノ方針ヲ打チ出シテイタトコロモアッタケド、全部ガ全部トイウノハアノ時ガ初メテダッタ。―コレハモシカシテ君ノ差シ金ジャナイノ? 犬デアル君ガ抱イテイル環境破壊ヘノ危機感ハ、人間タチナンカヨリズット強イハズダモノネ。チナミニコノ事実ハスデニ会社四季報ソノ他デ日本中ニ公表サレテイル。ソンナ話ヲスル分ニハ別ニ問題ナインジャナイ? モチロン、答エハ一般論デ構ワナイシ)
 あくまでも食い下がる赤子に、チビ犬はとうとう根負けしたようである。
「…わかりまちた。イワンくんの知的好奇心には、さすがのボクも負けまちたよ。しょれじゃまず、今のご質問にお答えいたしますでち」
 そこできちんと、毛布の上に座り直して。
「環境問題への危機感ならもちろんありまち。ご指摘のとおり、この先環境破壊がどんどん進んで行ったら、まず一番に被害をこうむり―滅んでいくのはボクたちわんこをも含めた人間以外の動植物でちからね。野生動物たちは今ももの凄い勢いでその生息域を奪われ、しょの数を減らちて行く一方でち。ボクたちペット―人間と一緒に暮らちている動物たちだって、今でこそまるで人間の子供以上に大事にしゃれていまちが、ひとたび自然災害や食糧難なんかが襲ってきてごらんなしゃい。人間しゃんたちのほとんどは多分、自分たちを守るために簡単にボクたちを見捨てまちよ。しょれどころか、飢えた飼い主しゃんとしょの家族が生き永らえるために食べられちゃうかもちれまちぇん」
(ウワ、コレハ初ッ端カラ手厳シイネェ…)
 言葉とは裏腹に、イワンの目は期待にわくわくと輝いている。
「お気に障ったらごめんちゃいでち。でもボクは所詮人間しゃんとは異種族―わんこでちからね。ボクたちの常識や死生観、人生哲学なんかは人間しゃんとはまるっきり別モノでちから、ときには人間しゃんたちのしょれと真っ向から対立ちてイワンくんをすごく不愉快にさせるかもしれまちぇん。しょれでもよろちければ、このまま話を続けさせていただきまちが…?」
 言いつつ、少々不安げに赤子を見つめたチビ犬。だが、当の赤子はクーファンの中でいかにも嬉しそうな笑い声を上げ、楽しそうにそのもみじの手を打ち鳴らしているばかりである。
(不愉快モ何モ…僕ハソウイウ話コソガ聴キタカッタンダ。モウ、経済ヤ経営デナクテモイイヤ。ぱぴチャンノ視点ニ立ッタ、ぱぴチャンノ率直ナ見解ナラ何デモイイ。ネェ、モットオ話シテ)
 無邪気な赤子に話をねだられ、困ったように首をかしげるチビ犬―ごく当たり前の微笑ましい光景が、こいつらが当事者となった途端何故にこれほど異常な眺めになってしまうのだろう(←何だかさっきからえらく頭が痛くなってきた作者)。だがこんな作者の感慨など、これら常識外生物である赤子と犬が気にかけるはずもない。
「寛大なお言葉、ありがとうございまち。しょれではこのまま続けまちが…。あんね、今言った種々の問題への危機感は間違いなくボクの本音ではあるものの、会社の経営方針に『しょれ』を取り入れたのは、必ずちも環境保護だけが理由じゃないんでちよ」
(ホウ…トイウト?)
「一番の理由はもっと現実的なものでち。早い話がボク、現在の消費型経済活動にはとっくに見切りをつけているんでちよ。しゃっき自然災害や食糧難と言いまちたが、食料資源に限らず地球上のあらゆる資源は今や枯渇しつつありまち。つまり、食べ物ばかりかその他全てのものを作り出すための原材料の生産、採取が徐々に難ちくなっているということでちね。一番代表的な例は石油や石炭などのエネルギー資源だと思いまちが…このままでは近い将来、確実に深刻な資源危機が到来しまち。そうなったら会社経営なんてたちどころに行き詰っちゃうじゃないでちか。原材料もエネルギーもなくなっちゃったらどんなに立派な工場があってもメーカーは何も作れまちぇん。何も作れなくなったら売るものがなくなっちゃいまちから、当然商社や各種販売会社、サービス業もあがったりでち。よってお金の流通も滞るでしょうから、金融業界もかなりのダメージを受けるでしょうね。でちが世界の各企業はまだしょの危機に気づいていまちぇん。…あるいは、気づいていても知らんふりちてるのかな? だったら今のうちに、来るべき循環型経済活動の時代に備えて各種リサイクル技術や太陽光、風力発電なんかの研究開発に乗り出した方が長期的にみればお得じゃありまちぇんか。だって、この種の研究開発には長い時間がかかるんでちよ? となりゃ、完全に早いモン勝ちの世界でち。各企業がようやく本腰を入れて研究に着手ちた頃、すでにウチにはある程度完成ちた技術がある…しょうなったらしめたもんでち。しょの最新技術を独占ちてボクたちの会社だけボロ儲けするもよち、他会社と提携ちて特許料だの技術提供料だのをがっぽりせしめてやってもよち。どっちにちたって商売繁盛間違いなちでちよ。将来の利益のために現在はひたすら地味にこつこつ努力しゅる…しょれこそが利潤追求、銭道の極意だとボクは考えておりますでち」
 さすが会計畑のエキスパート、どんなに立派なことをヌカしても結局はゼニかい…ひたすら頭痛がひどくなっていく作者になどお構いなしに、パピの舌はどんどんなめらかさを増していく。
「でちが仮に全世界の企業及び人々が循環型経済活動に方針転換ちたとちても、遅かれ早かれ資源の枯渇は避けられないと思いまちよ。どんなに節約やリサイクルに励んだところで、人間は日々何らかの資源消費をちなければ生きていかれないんでちから。もちろんしょれは、ボクたち動物も同じでちけどね。ただこれが野生動物なら、死んだあとでしょの体を土に還し、新たな動植物資源の生育に貢献しゅることも可能でちが、残念ながら人間しゃんはねぇ…。火葬・土葬どちらにせよ、棺だの骨壷だのの中に入っていては土の養分になろうっていってもなれないでしょ? ま、しょれはボクみたいなペット動物も似たようなものでちから決して偉しょうなことは言えまちぇんが…最近のペット霊園ってしゅごく豪華で、何から何まで人間しゃんと同じようなお葬式をやってくれるそうでちよ」
(ラシイネェ。コノ前TVデ観テビックリシタヨ)
「ま、お葬式には各国いろんなやり方がありまちから、中には野生の動物のように本当の意味で『土に還る』人もいるかもちれまちぇん。…でも、生きてる間資源を消費し続けなくちゃいけないのはどこの国でも同じでち。ちかもしょの副産物として排出される二酸化炭素は地球温暖化を促進し、現在すでに世界各地で異常気象だの大規模自然災害だのを引き起こちている。しょのとばっちりを食うのは人間しゃんだけじゃありまちぇん。家畜も作物も、海の中のお魚しゃんたちも皆同じなんでち。よってますます資源の減少に拍車がかかる…一種の悪循環でちね」
 そこでパピはちら、とイワンの顔を見た。
「こんなこと、イワンくんにはちょっと言いにくいんでちが…。困ったことに人間しゃんはあまりにその数を増やし過ぎまちた。地球表面の陸地面積は約一億五千万平方km、総面積に至っては五億平方kmと言われてまち。数字を聞いただけでは想像もつかない広さでちが、面積に限界がある限り、しょこに住める生き物の数にも限界があるのは自明の理―四畳半一間のお部屋に人間しゃん五十人が暮らすことはどう頑張ったって不可能なのと同じでちよ。もちもこの先、人間しゃんたちが真剣に環境保護に取り組もうとちたら、人口抑制という手段を避けて通ることはまずできないでしょうね。だけど、もちこれを本気で実行ちようとちたら、宗教的倫理観しょの他が大きな障害とちて立ちはだかるに違いありまちぇん」
(フム…きりすと教ノ「産メヨ、増エヨ、地ニ満テヨ」カイ? 確カニ神ノ御言葉トイウノハ、きりすと教徒ニトッテハ神聖ナル絶対命令ダカラネェ…)
「キリスト教だけじゃありまちぇん。日本神話にも、黄泉比良坂での伊邪那岐・伊邪那美二神の約束という話がありまち。死んでしまって今は黄泉国の住人になっている伊邪那美神に『貴方の国の人々を一日に千人殺す』と言われた伊邪那岐神が『ならば一日に千五百人の子供が生まれるようにする』って言い返すんでちね。今や人口飽和状態になりつつある地球を考えるとどっちもどっち、随分と無責任な発言だの約束だのをちてくれたものでちが…。ま、いかに神の言葉だの神の業績だのと言ったところで、それを産み出ちたのは人間しゃんの想像力に他なりまちぇんからね。今から数千年も前の人々には、目の前に広がる大地―世界に『果て』があるなんてとても考えられなかったんでしょう。自分たちが無限にしょの数を増やちたところで、この世界はびくともしゅるものではないと―。でちが所詮『無限』は『夢幻』―地上の生物がしょう簡単に認識・実感できるものじゃないでちよ。『万物の霊長』などと自称ちている人間しゃんたちだって、もちろんしょの例外じゃありまちぇん」
 言いつつ、再びイワンの反応をうかがうパピ。だがイワンは特に気分を害した様子もなく、考え深げにただうなづいているばかりである。それに安心したのか、緊張してぴんと立っていたパピのデカ耳からもふんわりと力が抜ける。
「…とまぁ、いろいろお気に障ることも申ち上げまちたが、しょんなわけでね、ボクは最近日本で問題になっている出生率低下、人口減少などはむちろ歓迎すべきことなんじゃないかと思ってるんでちよ」
(フム…ソレニハ僕モ賛成ダネ。少子高齢化トイウト年金財政ノ破綻ヤラ労働人口ノ減少ニヨル経済力低下トイッタまいなす面ダケガ何カト強調サレルフシガアルヨウダガ…ソウイウ弊害ガ起コリ得ルノハ、現行ノ各種社会制度ヲコノママ持続シタ場合ノ話ダロウ? 状況ガ変ワルノナラバ社会ノ仕組ミモソレニ合ワセテ柔軟ニ変更、対応サセテイケバ、事態ハカナリ好転スルヨウナ気ガスルンダガ…)
 イワンの言葉に、パピがちぎれんばかりに尻尾を振った。
「しょのとおりでち! どうもこの国の偉い人たちは『根本的な発想の転換』というものができなくていけまちぇん。今イワンくんが言った年金問題だってそうでち。改革だの制度改正だの大騒ぎちたところでしょの中身は十年前と一緒、給付年齢の引き上げと給付水準の引き下げ、そちて保険料負担の増額…これしゃえやれば改革だと、みんな勘違いちてるんでちね。しょのくせ、例えば厚生年金保険料の算出基準となる標準報酬月額の上限の見直しなんかはほとんどやらないんでちから…」
(標準報酬月額…?)
 聞きなれぬ単語に、さすがのイワンが首をかしげた。しかし、パピの方はまさしくそっち方面の専門家である。ふかふかのデカ耳が得意げにぴくぴくと動いた。
「あんね、厚生年金っていうのは会社で働くサラリーマンしゃんたちのための年金なんでちけど、しょの保険料負担額は被保険者各自の毎月のお給料によって決まるんでち。でもって、しょのお給料額と保険料負担額を表にちたものが『標準報酬月額表』なんでちけど…ここに載ってる保険料負担額って、お給料六〇万五千円に対しゅる金額が上限で、それ以上は全然高くならないんでちよ。つまりこの上限を超えちゃえば、お給料が百万円になろうが二百万円になろうが、保険料はずぅっと据え置きのまんまなの」
(ソレッテ、給与ガ高クナレバナルホド、相対的ナ保険料負担率ハ少ナクナルッテイウコト? ダッタラ高額所得者ニナレバナルホド得ヲシテルッテコトジャナイカ!)
「そうなんでち。一応法律的にはいつでも上限額を改定できるち、事実担当省庁なんかでも上限引き上げに向けた動きがあるらちいでちけど、さほど大幅なアップじゃないみたいでちよ。保険料をあんまり高くしゅると年金の給付額も高くなってより財源を圧迫しゅる上、厚生年金保険料は被保険者と会社の折半で払ってまちから、会社の負担も大きくなりすぎるってのがお役所の言い分らちいんでちけどね」
(エー、デモヤッパリソレッテ不公平ニ思エルケドナァ…)
「でしょでしょ? しょこに一歩踏み込まなくちゃ、保険料負担の不公平は是正できまちぇんよ。給付額が高くなりしゅぎるっていうんなら、そっちに上限を設けりゃいーんでち。ま、しょうなったらなったで、今度は高額所得者ほど支払保険料に対する給付水準が低下しちゃうって欠点が出てきてちまいまちが…」
 ちょっと言葉を切ったパピ、しかし次の瞬間よりその声に力を込めて。
「だけどしょんなの、あくまで比率の問題でしょ? 具体的な金額で考えてごらんなちゃい。平均月額四十万円だった人の年金給付率が現役時代の50%とちて、もらえる年金は月二十万円にちか過ぎまちぇんが、平均月額百万円の人なら、給付率30%にちたって月三十三万円以上の年金をもらえるんでちよ? そりゃぁね…高額所得者になるには人一倍努力ちて、一所懸命働かなくちゃならないのでしょう。だから年金だって支払額に見合った分をもらって当たり前、という理屈もわかりまち。でも、しょの人が人一倍、必死に頑張った努力は年金以前の収入で充分報われてるじゃないでちか。人よりたくさんお給料をもらえば人よりお金持ちになるのもまた当たり前。だったら保険料という形でしょのうちのいくらかを社会に還元ちたってバチは当たらないと思いまちよ。年金制度が社会に暮らす人々の相互扶助によって成立ちてるのなら、今みたいに若い者ばかりがしょの財源を負担しゅるんじゃなく、老若男女に関わらず富める者が多く負担し、貧しい者は少ない負担で…というのも立派な相互扶助じゃないんでちかねぇ。…ボクは以前、どこかの会社経営者のお爺ちゃんが『自分は年金をもらわなくても充分暮らちぇるから』と、本来もらえるべき年金を全額返上ちているという新聞記事を読みまちた。これからのご時世、お年寄りにもしょれくらいの気概を持っていただきたいと思うのはやはり、ボクが犬だからでしょうか…」
(ソンナコトナイヨ! 若クタッテ年ヲ取ッテイタッテ、ソノオ爺チャンミタイナオ金持チガモット増エレバイイノニ…人間デアル僕ダッテ、心ノ底カラソウ思ウヨ! …トコロデぱぴチャン、ダッタラ雇用問題ト労働人口減少ニツイテハドウ考エル? ココハ是非、ソノアタリノゴ意見モ拝聴シタイナァ)
「うーん、しょっちもまた、今までの常識だけを押し通すことは難ちいでしょうね。つまり…」

 時刻はすでに午前零時を過ぎていた。だが、赤子と犬の話はいつまでも続く。すっかり意気投合した一人と一匹はそのまま、夜の白むまでさまざまな話題、議論に熱中していたのであった…。

 そして―。

(ねぇみんな、起きて! 早く早く、リビングまで下りてきて!)
 今度はただならぬと言うより時ならぬ―フランソワーズの強烈な脳波通信に、朝も早よから叩き起こされた00ナンバーサイボーグたち。
「…何だよ、まだ朝の六時じゃねぇか…。まさか、敵襲かっ!?」
(違うわよっ! ああもう、そんな大声出さないで! お願いだから静かに…そうっと、下りてきてね)
 いち早く不平と疑問の声を上げたジェットに叩きつけられた第二弾を聞き取ったからには、それに従わないわけには行かない。かくてあくびを噛み殺し、眠い目をこすりつつ階下に下りていったメンバーたちが目にしたものは。
(ねぇ、見て見て! 二人とも、すっごく可愛いの!!)
 弾むような第三弾と同時に、細めに開けたリビングのドアにへばりついていたフランソワーズが振り向いた。
「…?」
 少女のとろけそうな笑顔に誘われ、同じくドアの隙間をのぞいた男たち。と、次の瞬間その寝ぼけ眼がいっせいに見開かれ、何とも言えぬ優しい表情で細められたのであった。
(わぁ…! 可愛い! すごく可愛いよ!)
(へぇ…)
(ホゥ…!)
(これは…!)
(何とまぁ)
(ムゥ)
(心が洗われるアルネェ…)
 顔を見合わせ、うなづき合う皆のところへ、今度はフランソワーズが直々に起こしに行ったギルモア博士までもがやってきた。そして、同じくドアの隙間をのぞき込んだ途端。
「おお…!」
 何と、感嘆の声を上げた老科学者の目が、みるみるうちに涙で潤んできたではないか。

 一体、何がこれほどまでに皆を感動させたというのだろう。


 リビングの床。
 ソファの脇に敷かれたあの毛布の上に何故か出現したクーファンの中で。
 イワンとパピが抱き合うような格好で眠っていた。

 イワンのもみじの手が、パピの首筋にしっかりと抱きついている。
 パピの細い手―いや、前脚が、守るようにイワンの肩に伸ばされている。

 こんなに心和む微笑ましいツーショットなど、どんなに周到な準備をしたところでそう簡単に見られるものではあるまい。
(おい、デジカメどこだ! こりゃ何が何でも写真に撮っとかなきゃ勿体ねぇぜ!)
(あん、ジェット! そんな足音立てないでよっ。二人が起きちゃうわ!)
(ねぇ、写真はいいけどパピちゃんのハゲは写さないようにしてやって。可哀想だよ!)
(あーもううるせぇっ! 俺様の腕を信用しろって!)
(信用できないから言ってるアルよ)
(万が一失敗したら厳罰モンだぞ)
(やかましいっ! 気が散るっ)
 ぎゃぁぎゃぁうるさい脳波通信が飛び交う中、フランソワーズがジョーの傍らにそっと寄り添い、小さな声でひっそりとささやいた。
「ねぇ、ジョー…。もしかしてイワン、あれからパピちゃんを説得してくれたのかしら」
 ジョーの応えもまた、ひそやかなささやき声。
「そう…かもね。もしかしたらそのあとも、あれこれお喋りしてたのかもしれないよ」
「ふふ…。一体、どんな話をしていたのかしらね」
「さぁ? …でもきっと、可愛らしくて他愛ない、あどけない話に違いないよ。きっと…ね」
「そして今でも、あどけない夢の中にいる…?」
 最後のフランソワーズの問いにはジョーは答えず、ただぎゅっとそのやわらかく繊細な手を握っただけだった。目と目を見交わし、にっこりと微笑み合った二人の傍らでは、他の仲間たちがまだデジカメを手にしたジェットを囲んであーだこーだと写真撮影に余念がない。

 だが…。

 可愛らしくて他愛ない?

 あどけない話?

 あの赤子と犬を前にして、どこをどう押しゃそーゆー台詞が出て来るんだか。いやそりゃぁ、全くの他人ならば知らぬが仏、かの常識外生物どもの可愛らしい外見にだまくらかされても仕方あるまい。だがしかし…。
 確か彼らとイワンは何年も…パピとだって、すでに半月以上一つ屋根の下で暮らしてきたはずではなかったか?

 だが、微笑み交わす恋人たちの表情はあくまでも和やかで優しく、いまだデジカメを取り囲んで大騒ぎしている他の仲間たちの表情も皆楽しげに明るくて、これっぽっちの屈託も不安もない。

 おいっ!! お前らいーのかっ! 本当に…本当に、それでいいのかああぁぁぁっ!!

 …ちなみにこうして作者が一人パソコンの前で絶叫しようがどうしようが、物語の中の登場人物たちに聞こえるはずもないのはお約束(ああ、物書きってホント孤独な存在…←涙@作者)。

 かくて。

 その朝ジェットが写した数十枚の写真は全てギルモア邸の秘蔵アルバムに収められ、皆の幸福な日々の一こまとしてその後も大切に保存されることになるのであった。










 「平和の戦士」の意味するもの。それはもしかしたら「平和のために戦う戦士」というより、「頭の中がこよなく平和(っちゅーより太平楽…?)なお気楽戦士」といった方が正しいのかもしれない…。

〈ため息をつきつつ了〉
 


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