舞姫騒動記 4


「え!? それじゃぁ、何もかもうまくいったんだね! よかったぁ!!」
 期待以上の上首尾に、幾分頬を紅潮させて帰宅したフランソワーズの報告を聞いた途端、ジョーもまた飛び上がって喜んだ。下手をすると今にも二人で手に手を取り合い、それこそ踊り出しかねない勢いである。そしてもちろん他の「家族」たちもまた、いかにも嬉しげに目を細めてその様子を見守っていたのだが…。
 正直なところ、彼らはこの少年少女のように手放しではしゃぐ気には到底なれなかった。すなわち、グレート、張々湖、ギルモア博士の三人はその豊富な人生経験ゆえに、そしてイワンはその人並み外れた明晰な頭脳ゆえに、現実がそうそう甘っちょろいモノだとはどうしても思えなかったのである。かくてギルモア邸では、その後も何かにつけてひっそりこっそり、内緒話と内緒の脳波通信と内緒のテレパシーが飛び交うことになるのであった。
(確かに、フランソワーズが望みどおり日本舞踊を習えることになったのはめでたい。まことにめでたい。しかしのう…)
(今回の最終目的はマドモアゼルが日本舞踊を習うことではなく、それによってバレエのスランプを克服することですからな。となると、まだまだ安心するわけには…)
(まぁナァ…この前聞いたバレエの友達―結衣ちゃんやったか―の例もあることやし、その可能性に期待したいのは山々あるケド…)
(今ノトコロ、日本舞踊ノ効果ガ証明サレテイルノハ結衣チャンノ事例タダ一件ニシカ過ギナイカラネェ…。イクラ仲良シトハイエ、全クノ別個人、別人格デアルふらんそわーずヘノ効果ニ関シテハ完全ナ未知数ト言ウヨリホカナイヨ、残念ナガラ)
 その内容が悲観的な憶測・意見に偏ってしまうのもひとえにフランソワーズを案じればこそ、しかし、「ならばどうする」という問題となると、いかな人生経験や明晰な頭脳をもってしてもそう簡単に答えを出すことはできなくて。
(はぁぁぁぁ…結局は、この前グレートがジョーやジェットに言うたとおりアルね。わてらにはこうして心配する以外何もできへん。やれ「生死を共にした仲間」だの「父親代わり」だのいうても情けないモンや)
(ソンナ、ガッカリシナイデヨ大人。別ニ「未知数」いこーる「可能性ぜろ」ッテワケデモナインダシ…第一、ふらんそわーずヲ信ジテ応援スル、ソレダッテ「仲間」ヤ「父親」ノ立派ナ役目ダヨ)
(応援、か…。ならばせめて気は心、藤蔭先生の叔母上が言われた「最初の浴衣」くらいはわしが買ってやることにしようかのう…)
(おお、それはいい! ならば我々はそれ以外の、足袋やら紐やらといった小物類をプレゼント致しましょうぞ。なぁ大人!)
(そやねぇ…よっしゃ、ほならもう余計なことはぐずぐず考えんと、わてらはフランソワーズの応援団に徹しまひょ。あとは運を天に任せて見守るだけや!)
 …とまぁ、こちらはこちらで結構悲壮な決意と共に腹を括った「父親」三人と赤子一人。けれど幸いなことに、彼らの心配は完全な杞憂に終わったらしい。それから月末までの間に何やかやと準備を整え、月が改まるのを待って勇躍日本舞踊の稽古を始めた途端、フランソワーズの様子に明らかな変化が起こったのである。

(すごいわ! やっぱり結衣ちゃんの言ったとおりだった! 日本舞踊の後でバレエを踊るのって、すごい開放感! 手足を存分に動かして踊ることがこんなに気持ちいいなんて、私…初めて知ったような気がする)
(だけど日舞の方も演目によってはかなり激しい振り付けがあるし、「体力勝負」という点では同じよね。それに、日舞では男性が女性の、女性が男性の役で踊ることもしょっちゅうだから、私にだっていつ男性役が回ってくるか…う〜ん、だったらやっぱり今から体力つけておかなくちゃ!)
(今日、スタジオのマダム―大先生に褒められちゃった! 「最近、指先やつま先といった細かい部分の動きにもより神経が行き届くようになりましたね」ですって! マダムに褒められるなんて、ホントのホントに久しぶりよ!)

 おかげで「応援団」の面々もようやく愁眉を開いたらしく―。
(…やれやれ、フランソワーズもようやく元に戻ってくれたようじゃのう。毎日代わる代わる、スタジオと稽古場の話をようしてくれるようになったわい)
(「案ズルヨリ産ムガ安シ」ッテイウノハ、ヤッパリ真実ダッタンダネェ)
(何やかんや言うて、あの娘には踊りが一番性に合うてるんですやろ。それに、もしかしたらええ意味での『異文化ショック』もあったんかもしれん。バレエと日舞ちゅうたら―そりゃま、同じ踊りには違いないんやろケド―まさに『似て非なるもの』以外の何物でもおまへんよってに。ナァ、グレート?)
(うむ、実に。正直、初めのうちはマドモアゼルが少々はしゃぎすぎているような気もしないではなかったが、この調子なら我々もようやく肩の荷を下ろせそうですな、博士)
(全くじゃ)
 …等々、相変わらずのひっそりこっそりながらもたいそう満足かつ嬉しげにうなづき合うようになったのだった。

 何にせよ、これでようやくギルモア邸にもいつもの平穏な日々が戻ってきたかに思えたのだが、それからさらに十日ほど経ったある夜のこと―。
 夕食後、自室で昨年のF1決勝のDVDを観ているうちにすっかり夢中になって時間を忘れてしまったジョー。ふと時計を見れば時刻はすでに午前0時半過ぎ、これはまずいと慌ててソフトやリモコンを片づけ、パジャマに着替えようとしたとき、階下でかすかな物音が聞こえたような気がした。
 とはいえ、家の内外に張り巡らせた警報装置は完全に沈黙したまま、その上イワンも起き出してこない…とくればBGの奇襲なんて事態はまず考えられないし、ましてそのへんの泥棒・強盗の類があのセキュリティシステムをかいくぐってこの家に侵入するなど、逆立ちしたってできるわけがない。だったら別にこのまま放っておいても何ら問題はないはずなのだが、それでもやはりちょっと気になる。…というわけでジョーは結局部屋を抜け出し、抜き足差し足で階下へと下りていったのだった。
 物音はあれきり聞こえなくなっていたけれど、ダイニングルームの方にわずかな人の気配がする。そこでいっそう慎重な足取りで歩を進め、やがてたどり着いたそのドアを音もなくほんの少しだけ開けて―その隙間から中を覗き込んでみたジョーだったのだが。
「う…わぁぁぁぁっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」
 何と次の瞬間魂消る悲鳴と共に回れ右、後ろ手に閉めたドアにぴったり背中をくっつけたまま完全硬直してしまったではないか。それもそのはず、ドアの中では、ダイニングチェアの一つに片足をかけたフランソワーズが、身にまとったネグリジェを腿のあたりまでまくり上げて何やらやっているところだった…。
 いつものジョーなら脱兎のごとく自室へ逃げ帰り、鼻から盛大な血柱の一つも噴き上げていただろう。なのに今回に限って何故その場に立ちすくんでしまったかというと。
 たった今、ほんの一瞬―おそらくは百分の一秒か千分の一秒の間―目撃してしまったフランソワーズの大胆な姿に、何とも言えぬ妙な違和感を覚えたからである。…というか、その衝撃的かつ男にとっては極めて扇情的な光景と同時に、かの金髪の美少女にはえらくそぐわない、とんでもなく無粋なモノまで認識してしまったような、そうでないような。
「ジョー!?」
 そのときには、先程の素っ頓狂な悲鳴に驚いたフランソワーズが内側からどんどんとドアを叩いていた。その振動にようやく我に返ったジョーの耳に、フランソワーズのこれまた悲鳴にも似た声が響く。
「ジョー!? あ…あの、こちらこそびっくりさせてごめんなさい! もう大丈夫だから入ってきて。ちゃんと…説明するから…っ」
 そこで再び恐る恐るドアを開けてみれば、すでにきちんと身づくろいを終えたフランソワーズが立っていた。しかもネグリジェの上にはちゃんとカーディガンまで羽織っているし、これなら別に二人きりで相対したところで何の問題もない…はずだったのだが。
「あ…いや、僕の方こそ本当にごめん…って、何だよこれぇぇぇっ!?」
 一歩ダイニングに入った途端、またしてもジョーが間抜けな悲鳴を上げてしまった原因。
 それは、テーブルの上一杯に散らばった湿布薬の空袋と剥離紙の山であった…。
「ええ、それはあの…。実は、ね…」
 言いつつまたもネグリジェの裾を―ただし今度は極めてつつましく、ふくらはぎの半ばあたりまで―そっと持ち上げたフランソワーズ。と…。
「はぁ!?」
 何と、そこからのぞいた真っ白な足には、その色よりもなお白い湿布薬がこれでもかというくらいべたべた貼りつけられているではないか。
「…日本舞踊のお稽古を始めてからというもの、毎日脚が痛くて痛くて…何しろバレエとは踊り方がまるで違うから…。あのね、バレエでは重心をできるだけ上に持っていくんだけど、日舞では逆にできるだけ下に下げるの。それが『腰を入れる』っていって、日舞の基本なんですって。だから…きっと、普段使い慣れない筋肉を使ったせいで筋肉痛を起こしちゃったんじゃないかと…。だけど脚全体に湿布薬を貼るなんて、みんなの前では…ちょっと…ねぇ?」
 その説明を聞いているうちに、ジョーは軽いめまいを覚えた。先程ちらりと垣間見ただけでも鮮やかに脳裏に焼きついたあの美しい脚がよりにもよって上から下まで湿布薬だらけだなんて、考えただけで健全な青少年の夢や憧れ、ついでに煩悩や妄想をもひっくるめた全てを粉砕するような光景である。…って、そんなことより何よりもっ!
「ちょっ…ちょっと待ってくれよフランソワーズッ! 僕たちサイボーグが筋肉痛なんて起こすわけないじゃないか!」
 真剣な表情でフランソワーズに詰め寄ったジョーが、その細い肩をがっちりとつかむ。
「もしかしてもっと深刻な、パーツの故障や破損だったらどうするんだ! 悪いことは言わない、今すぐ博士を起こして診てもらおう!」
 しかし、一方のフランソワーズはあろうことかころころと笑い出して。
「いやぁね、ジョー。貴方、私の能力(ちから)を忘れてしまったの? 初めて痛みを感じたとき、ちゃぁんとこの目でチェックしたわよ。そしたら、機械部分にも生体部分にも一切異常なんてなかったもの、絶対ただの筋肉痛に決まってるわ」
「でも…」
「心配してくれてありがとう。もし、痛みがあんまり続くようだったら必ず博士に相談するわ。だから今日はもう休みましょう。…眠くなってきちゃった」
 なおも反論しかけたジョーだったが、当の本人にこうまで言われてはおとなしく引き下がるしかない。かくて二人は散らかったテーブルの上を片づけ、そのまま休むことにしたのだけれど。
「驚かせたり心配させたり、今夜は本当にごめんなさいね。…また明日…って、あたた…」
 花のような笑顔で言いつつもそろそろよたよた、何ともババくさい…もとい辛そうな足取りで部屋に帰っていく姿を目にしたからには、気にするなという方が無理である。
 そこで翌朝、食事を終えたギルモア博士とイワンが研究室に籠ったのを確認したジョーは、フランソワーズには内緒でこっそりそのドアをノックしたのだが…。

「フランソワーズが筋肉痛? あ…む…そりゃ、全く有り得んとは断言できんな」
「へ…?」
 思いもよらぬ返事にたちまち目は点、ぽかんと口を開けた何とも間抜けな表情でその場に立ちつくす。
「だって博士、いつかおっしゃってたじゃありませんか! 僕たちの神経回路には痛覚神経のブレーカーが取りつけてあるから痛みを感じることはないって!」
(ソレハアクマデ戦闘中ノ話ダヨ、じょー。大体、イクラぶれーかーガ内臓サレテルカラッテ、全ク痛ミヲ感ジナクナルワケジャナイダロウニ。…君ダッテ、経験アルダロ?)
 言われてみれば確かにそのとおりである。ぐっと言葉に詰まったジョーに、ギルモア博士が噛んで含めるように話し始めた。
「あのな、ジョー。痛覚というのは確かに辛くて不愉快な感覚じゃが、一方では怪我だの病気だの、自分の体の異常を知らせてくれる大事な警報装置でもあるんじゃよ。それを無闇に完全麻痺などさせて万が一致命傷でも負ってみい、えらいことになるぞ。…じゃからたとい戦闘中といえども、痛覚神経を完全にブロックするわけにはいかん。筋肉痛とて、同じことじゃ」
「え…? それって…どういう…」
(…ドンナニ強靭ナ人工筋肉ヤ人工骨ニダッテ、「限界」トイウモノハアルカラネ)
 ますます混乱してしまったふうのジョーに、今度はイワンのテレパシーが飛んだ。
(ツマリ、イクラ百人力、千人力ヲ誇ル君ヤじぇろにもトイエドモ、ソレ以上ノ―例エバ百一人力トカ千一人力トイッタ―力ヲ出スノハマズ不可能ダッテコト。無理シテ限界以上ノ負荷ヲカケレバ傷ツイテ破損スルノハ生体組織デモ人工物デモ同ジコトサ。トハイエ人間、極限状態ニ陥ッタリスルトツイツイ自分ノ限界ヲ忘レチャッタリスルカラネェ…。ソコデマタ痛覚神経ニヨル警告、イワユル「筋肉痛」ガ必要ニナッテクルッテワケ)
「ましてフランソワーズはお前たちのような『戦闘型』と違って、完全な『情報収集・潜入工作型』じゃし、外見や身のこなしからはもちろんのこと、X線その他の検査でも決して正体を悟られぬよう、可能な限り生身の部分を残してある。そりゃぁ、サイボーグとして必要最低限の改造は行っておるで、骨格なんぞは全て人工骨じゃが、筋肉の方は生体組織に人工物を埋め込んで補強しただけじゃから…おそらく、今回筋肉痛を起こしたのはその生体組織、生身の部分だろうて」
「は…はぁ…って、ちょっと待って下さいよ博士っ! それからイワンっ!」
 一瞬納得しかけたものの、再びジョーは声を張り上げる。まだまだ、ここで引き下がるわけにはいかない。
「それじゃぁ余計腑に落ちませんてばっ! いくら生身とはいえ、ちゃんと人工物で補強されてる筋肉がどうして…あの、言っちゃ悪いですけどたかがバレエや日舞の練習くらいで筋肉痛になったりするんですか! もしかして、この前の戦闘でどこか、負傷でも…」
 ちなみに「この前の戦闘」とは本編冒頭でちらりと触れた、「フランソワーズがまだ日本舞踊の話を聞く前に起こった」緊急ミッションのことである。
「しかしなぁ…あの後のメンテナンスでは特にこれといった異常もなかったぞ? 大体生身にせよ人工物にせよ、筋肉そのものが断裂その他の深刻な損傷を受けていたとしたら、自力歩行はおろか立ち上がることすら不可能じゃろうに。…そんな、湿布薬を貼りにこっそり階下に下りてくることなぞ到底できんよ」
 きっぱり言い切ったギルモア博士が、そこで小さく肩をすくめて。
「ま、フランソワーズの力はせいぜい十人力程度じゃで、要は大の男が束でかかっても音を上げるような猛練習を重ねておるだけの話じゃろ。何にせよ、さっきお前も言うておったとおり所詮は『たかがバレエや日舞』、人工骨と人工筋肉のサポートがあればいかな生体組織とはいえ筋肉痛以上に深刻な故障など起こすわけもなし、ここはしばらくあの娘の好きにさせてやったらどうかね」
「い、いや博士、『好きにさせてやったら』なんて、そんな簡単に…」
 博士のしれっとした言い草に、さらに食い下がろうとするジョー。しかし…。
(ソレジャじょー、君ハ今ノふらんそわーずヲ止メラレルノ? コレデヨウヤクすらんぷカラ脱出デキソウダッテ、毎日張リ切ッテばれえト日舞ノ練習ニ励ンデル彼女ヲサ。…ソリャ君ガドウシテモ心配ダッテイウンナラ仕方ナイケド、ソノ代ワリ無理矢理練習ヲ止メサセラレタ彼女ガマタ元気ヲ失クシテ塞ギ込ンジャッテモ知ラナイヨ)
 少々意地の悪い、しかし正論極まりないテレパシーに割り込まれては、もはや言い返す言葉もない。しかもそこへ、「最後のトドメ」ともいうべきギルモア博士の追い討ちが…。
「大体、お前の方こそカーレーサーなんぞという危険な仕事に就きおって、フランソワーズには今まで散々心配をかけてきたではないかい。これもちょうどいい機会と思うて、たまには心配する側に回ってみい。…それでこそ、おあいこというものじゃ」
「そっ、そんなぁ…」
 たちまち、ジョーの情けない声が上がる。しかし言うだけ言った博士はもうそちらの方など振り向きもせず、自分の机に資料を広げて「今日の仕事」を始めてしまった。こうなったらもう完全にお手上げである。
(言ットクケド、アンマリ大袈裟ニ「心配」スルバカリガ能ジャナイヨ。ムシロ、今ノふらんそわーずガ最モ必要トシテイルノハササヤカデサリゲナイ、ソレデイテ心底カラ彼女ノコトヲ思ッテイル者ニシカデキナイ「心配リ」サ。…マ、ココハ一ツ腹ヲ括ッテ、ソレガ一体何ナノカ、ジックリ考エテミルンダネ)
 さらには博士の後を追ってふよふよと宙を行き過ぎたクーファンからまたしても飛んできた生意気そのもののテレパシー。もっとも、博士の「トドメ」のおかげで半ば放心状態に陥っていたジョー相手ではそれもどこまで伝わったのやら、さすがのイワンにもさっぱり見当がつかなかったのだけれども…。

 数日後の早朝、フランソワーズの部屋の前に小ぶりの段ボール箱が一つ、置いてあった。一体何かと開けてみれば、その中身は種々様々な湿布薬やら膏薬やら、加えてインスタント及びワンタッチお灸の詰め合わせ。無論、贈り主の名前などどこにも書かれていなかったがそこはそれ、たちまちその正体に気づいた少女の頬が、見る見るうちに淡いばら色に染まっていく。
 以来彼女がバレエや日本舞踊ばかりか家事にもいっそう精を出し、大いに充実した日々を送るようになったのは、この「謎の贈り主」にとっても何より嬉しいことであったろう。

 が、しかし―。

 今日も今日とて二人仲良く夕食後の後片づけを買って出たジョーとフランソワーズ。その楽しげなおしゃべりが洗い物の音に混じって漏れ聞こえてくるリビングで。
(…ソリャァネェ、「ササヤカデサリゲナイ、ソノクセ心底彼女ノコトヲ思ッテノ心配リ」トシテハ一応及第点ダッテコトハ認メルヨ。認メルケドサァ…)
「よりにもよって花も恥らううら若くも美しき乙女への陣中見舞がダンボール一杯の湿布薬と膏薬…だけならまだしも『お灸』とは、色気もへったくれもあったモンじゃない。…せめて鎮痛効果のあるハーブ入りのマッサージオイルにするとか、それくらいの頭もないのかあの若人にはっ!!」
「じゃが、フランソワーズの方もたいそう喜んでおるようじゃし…だったら別に構わんではないのかな、グレート?」
「…ったく、贈る方も贈る方ならもらった方ももらった方アル。でもま、それもある意味『似合いのカップル』ちゅう証拠かもしれへんよって、いい加減もう放っとくヨロシ。これ以上余計な世話焼いてたら、しまいにゃこっちがバカ見ることになりまっせ、ホンマ」
 ちょうど十五日間目覚めっぱなしの「昼の時間」とて、件の朝の出来事をしっかり目撃してしまった赤子を中心に、またしてもひっそりこっそり内緒話を始めた「応援団」の面々は、この愛すべきもどこか浮世離れした少年少女の、中でもとりわけ世間の常識をはるかにとっ外れた恋愛感覚に肩を落とし、深い深いため息をついたのであった…。

〈了〉
 


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