西瓜奇譚 中

















 ドタバタバタバタバタバタっ………ガタゴトバターン……っ…!






 一心不乱にリビングを走り抜けたクロウディアは、速攻で物置に飛び込んでいった。
 弾丸のようなその勢いに、キッチンの面々は唖然としつつも成り行きを見守っていたが、今度は…

 ガタン、ゴトン…ガターン…!

 と…またしても意味不明な物音が大音響で聞こえ始め、一同は目を点にする。
「煩いぞ、クロウディア」
 遠くで聞こえる喧しさ大爆発の破壊音に、アルベルトは眉間に皺を寄せた。
 だが、家宅捜索か、それとも物盗りか…というような勢いの物音は、衰える気配が、ない。


「普段の躾が出てるな」
「それ、どーいう意味?」


 アルベルトの呟きに、周はどでかい包丁を持ったまま振り返った。
 その刃先が鼻を掠めそうになり、
「危ねーよ! 周!」
 と、ジェットは後ずさりしつつ、抗議の声を上げる。


 そんなこんなで三分程度経過しただろうか、





「きゃっほーーーう!!」





 今度は凄まじい歓声が聞こえてきたかと思うと、またしてもその本人が怒号の勢いでキッチンに戻ってきた。
 その手には。




「……和蝋燭…?」




 ジョーは唖然として、少女が持ち出してきた物体を指さした。


 そう。
 それは、滅多に見ることがないであろう、立派かつ高級げな、和蝋燭。
 しかも色は朱、ときている。

「どっから引っ張り出してきたの、クロウディア」

 っていうか、そんなものあったのか、ウチに─────……
 綺麗にスイカを切り終えた周は、ジョーと同じく唖然としてクロウディアを見つめた。



 しかも和蝋燭の朱って、確か…お盆とか彼岸、忌日用じゃ、なかった…か?



 何ともこの和風住宅、しかも真夏の夜に似合いすぎな物体に、一同は息を詰めたまま不気味な…じゃない、妖艶な朱を直視した。
 しかしそんなことなどカケラほども気にせず、クロウディアはにやり、と笑う。


「さー! 真夏の夜を満喫しよー!!」



 ………マジ?

















「あ、やっと帰ってきた」

 相変わらず暑い縁側でフランソワーズと仲良く座っていた聖は、団扇を扇ぎながらやって来たメンツを迎えた。
 その途端、すうっと家中の電気が消え…クロウディアの手にある赤い和蝋燭に、ぽおっと火が灯される。


 長く──────美しい、その灯火…


 それに下から顔を照らされ、縁側に集まった面々の表情が、何とも不気味に闇へと浮かび上がった。


「…これまた渋いモノ持ってんのね、周」
「既にどういう経路で我が家にやって来たか────忘却の彼方」

 目を点にした聖の側に、周はドンッと三角に切ったスイカの集団を置いた。
「はいはい皆さん? 藤蔭女史が持ってきてくださった有難ーいスイカですので……」
 続いて塩だの取り皿などが、置かれ。




「残すと────たぶん死ぬ、わよ?」




 ……メンツの心臓も、そこに並べられたような気が、した。





「やっだー、周!」





 ケラケラと笑う、聖。
 が。






「いくらなんでも、命までは取りゃしないわよぉ」






 心なしか脅迫めいた空気が混じっているその言葉に、一同は凍り付く。




「ってーか……」




 『命までは』って、どういう意味、ですか? センセー……




 密かに身震いしたジェットは、怪訝な顔をして、女二人に目を向けた。
 物を粗末にすると激怒する周と、何となくその彼女に似ている聖。
 …要は全力で食いきればいいこと、だが…にしてもデカイ上、まだ切っていない完全体のものが、ある。
 怪談話の場でスイカを前に身の危険を感じるハメになるとは思わなかったが、それにしても、「真夏の夜の怪談イベント!」という以前に、魔女二人が居る時点で既に怪談の領域だと思うのは、気のせいか。

 とにかく、触らぬ魔女に祟りなし…

 未だ丸いまんまの置かれたもう一つのスイカに頬杖をつき、ジェットは取りあえず成り行きに身を任せようと状況を見守った。


「で? どうするんだ」


 暗い中、蝋燭の火を貰って煙草を吸い始めたアルベルトが、面倒くさそうに息をつく。
「怪談話なんて…私、やったことないわ」
 少し怯えた様子で、フランソワーズはジョーの袖にしがみついた。
 集まった面々はジョーを除き、それなりの年齢を重ねているはず(←失礼な)だから、何かあろうものだが、それにしても…





「なんっか怪談っていうより、『本当にあった非人道的な話』の方が盛りだくさんのような気ぃするわ」





 ごもっともです、周……






 同じく煙草を吸い始めた彼女の一言に、第一世代とクロウディアが何度も深ーく頷いた。
 しかしそれを話し始めたら盛大な愚痴大会になること間違いなしだろうし、何より怪談用の蝋燭の意味がなくなる。というわけでここは正当(?)に、『コワイ話』、ということで…
 すると。


『やっぱりこういうのは、日本人がトップバッターだよね』


 仏頂面男の膝で、イワンがほくそ笑んだ。
 何故だろう。この赤ん坊の邪笑が、普段より凄まじく見えるのは蝋燭のせいか。それとも今まで慎重に(?)隠していたであろう大魔王が、遂に降臨した、か。
 面々の視線が一気に赤ん坊へと注がれたその時、はいはいっ! と聖が手を挙げた。





「私ならいっぱいネタもってるけど? どれがいいかな? 初級編・中級編、そして、絶好調編」







 ……何、その『絶好調編』って…








 それは相手が絶好調だったんですか? それともアナタが絶好調にカタをつけたんですか…?








 ……どっちかって言うと、後者、のような気がします…





「でも聖の話って本格的だからぁ? 最後の取りがいいかもしんない」
 第一世代&ジョーの疑問など一切気にせず、嬉々としてクロウディアが言い放った。
「つーか…本格的というより実話、だろーが」
 ぎこちなく首を動かし、ジェットは魔女その一に振り返る。
「ねぇ周。何かないー?」
「私ぃ?」
 急に話を振られ、周はかぶりついたスイカから顔を上げた。
 そして、うーん、と首をかしげると、
「ああ。変な話ならある、かも」
 と思い出したように頷いた。



 アナタの『変な話』、も、何だか壮絶そうで、恐ろしいです……



 誰しもそう過ぎったが、どうにも話が始まりそうなので、皆、一斉に口を噤む。

「えーっと……そうそう、私が疎開してた頃の、話。14、5歳ぐらいの時かなぁ」

 周は食べかけのスイカを置くと、新しい煙草に火を付けた。
「私の疎開先って、大農家だったのね。すっごい広大な畑の片隅に、こぢんまりしたスイカ畑があって」
 チラリと、皆の視線が目の前のスイカに、向く。

「そろそろ収穫の時期、っていうある日、畑の道のど真ん中に、よく熟れたすっごく大きいスイカがドンッと転がってたの」

 そう。
 早朝の収穫作業を手伝おうとスイカ畑に顔を出してみたら、行く手を阻むように放置された巨大なスイカがあって。
「風であんなに転がるわけないし、蔓の切り口も乱雑だったからスイカ泥棒か? ってみんな怒ってたんだけどね。まあ、食糧不足のあの時代だし仕方ないって言っちゃなんだけど。で、被害は一応その一個だったの、その日は」
「その日、は?」

 ジョーが密かに首をかしげると、周は煙を吐きながら、そう、と頷いた。

「で、『置いて帰ったのならきっと良心の呵責があったのだろう。きっと次はもう無い』、と判断されて、そのまま夜の見張りもせずに、その件は放って置かれたのよ。そうしたら────」

 今度は…


「あっという間に次の日、被害が出たのね。しかも今度は二個。さらには畑の隅に隠すように置いてあったわけ」

「はあ?」


 呆れた、というような顔をして、アルベルトが眉間に皺を寄せた。

「何故、持って帰らずそのまま置いておく」
「そう、それなのよ、問題は」

 わざわざ盗んだのなら、なぜ先日のように置き去りにしておく必要があるのか。しかも人目を憚るように畑の隅に上手く隠して、まで。

  「それでそのスイカを没収しても、何度も同じ事が起こるんで、ちょっと不気味になって暫く様子を見てみようという、ことになったの。そうしたらね…」


 周の目が、すうっと、細められる。


「次の被害も二個だったんだけど、一日目は同じくスイカ畑の隅、二日目は隣の畑の隅…と、そのスイカたち、距離を移動しつつも三日もすると完全に姿を消したの」


 綺麗なまま移動し、ある日、一気に姿を消した、スイカ。
 しかしそれが毎日のように繰り返され始めたのだから、ラチがあかない。
 ついには移動しているのかそうでないのか分からないほど色んな畑の隅に二個づつ程度点在して置かれ始め…気が付くと、被害は膨大なものになっていた。
 恐怖と不可解さに萎縮してしまい…静かな農家は大困惑。

「そこで私ね、ちょっくらスイカ畑を見張ってやろう! と、単身夜中に飛び出したわけ。危ないからやめろって言われたんだけど、気になって仕方なかったから」


 山中の、農家。
 聞こえてくるのは、夏の虫が鳴く声と、小川のせせらぎ、だけ。
 真っ暗で明かりもなくて……だけど辛抱強く隠れて待つ、得体の知れない少女が、一人。


『そっちの方がよっぽど不気味、だと思うんだけどー…』


 イワンの密かな呟きに、聖は声を殺して笑った。







「鳥肌立ったわ、私」







 話を続ける周の……鈍色の瞳が和蝋燭の光で、ゆらりと、揺れる。




 単身飛び出した、少女。

 その少女、が。





「何故かって─────」








 闇夜のスイカ畑で、見たもの、は。
















 


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