スカール様の憂鬱 〜決算編〜 4


 しかし、それにもめげず二人(?)のお仕事は続きます。
「ねぇご主人様。このA社って会社は珍ちく、所得隠しやってなさそうでちね。…どうちてここだけ、こんな健全会計ちてるんでちか?」
 どうやらさすがのパピにもわからないことがあるようです。可愛らしく首をかしげたその姿に、スカール様はにんまりとなさいました。
「それはだな、パピ坊。今この会社は、我らがBGの日本政府取込計画において最重要の任務を担っているからなのだ」
「日本政府取込計画…?」
 ますます首をかしげたパピに、スカール様はその遠大な計画を事細かに説明なさいます。ですがこれは前作「確定申告編」にも詳しく載っておりますので、今回その部分は割愛させて頂くことに致しましょう。
 ただ、最後にスカール様がおっしゃったことには。
「…以上のような長年の努力と政治献金が実って、今ここは政府与党の某大物代議士と極めて密接な関係にあるのだ。実はもう、個人的なワイロまで受け取ってもらえちゃう仲だったりしてなっ♪」
「ワイロ…?」
 きんきらり〜んと光ったパピの目に、それまで上機嫌で話していらしたスカール様はぴたりと口をつぐんでしまわれました。
「あ、あの〜、パピ坊。ワイロはやっぱ、まずかったかな…? でも政府に取り入るにはやはり、そういったものも必要なんじゃないかと…」
 何故か突然、しどろもどろになってしまわれたスカール様。どうやらこのとんでもないワン公にすっかり気圧され、必要以上にナーバスになっておられるようでございます。
「ううん、ワイロ自体は別に構わないんでちけどね…」
 割合おとなしい返事に、スカール様はほっと胸をなでおろします。しかしパピは何故かそのまま苛々とおもちゃのロープをかじり…。
「ところでその受け渡しはどんな方法でやってるんでちか?」
「ああ、それは…。先方に指定された場所へ会社の経理担当役員じきじきに届けに行っておる。もちろん取引は深夜、人目につかぬようにやっているぞ」
 途端、パピの形相が変わりました。
「何でちってえええぇぇぇぇっ!?」
 がじがじがじがじっ! そのかわいらしいお口の中、いっちょ前に上下二本ずつ生えている牙が、これでもかというくらいロープに食い込みます。そして、ついに…。
 ぶちっ!
 何ということでしょう。こともあろうにこのチビ犬、直径一センチはあろうかという綿ロープを完全に食いちぎってしまいました。
「ご主人様! どーちてそんな、お金をドブに捨てるような真似するのっ! いや…初めのうちは信頼を得るために多少は相手の言いなりになることも必要でちが…でも、もうこの会社と欲ボケ代議士との間にはある程度のパイプができてるんでしょっ!? だったらいつまでも相手先にお金届けてたりちてたらだめっ! 絶対だめっ!」
 その剣幕と迫力は、さしものスカール様をもびびらせるには充分でございました。今やご自分自身のお席からも転がり落ち、あたふたと後じさりをした挙句壁にへばりついたスカール様に、パピはなおも言いつのります。
「あんねっ! ご主人様! ご主人様がワイロと引きかえに手に入れようとしてるのはちゃちな公共事業の落札その他の、セコくてみみっちい利権なんかじゃないんでしょ! 目的はもっと雄大深遠、あの国の政府を丸ごと取り込もうっていう大作戦なんでしょ! なら、今こそがチャンスでち! とりあえずの信頼関係ができたなら、次はワイロより接待! もちろんワイロつき接待でも全然構いまちぇんが…とにかく、敵の親玉を自分の陣地に誘い込むことでち! ご主人様の会社の中には外食産業はないんでちかっ? その手の代議士を招待しても恥ずかしくない一流レストランとか、高級料亭とか…えっ!?」
「い…いや、確かにそれはある。あるがな、しかしパピ坊…」
 今や蛇に睨まれたカエル…じゃなかった、犬に睨まれ、半ば壁と一体化してしまったスカール様ではございますが、それでも必死に反論などしてごらんになります。
「どうして先方の言うままに金を持って行くのが悪いのだ。大体接待なんぞやらかしたらその費用は全てこちら持ち、ワイロと併せればとんでもない出費になるぞっ。あのな、いかに景気回復の兆しが見えてきたとはいえまだまだ油断は禁物、うちの会社の売り上げもイマイチ伸び悩んだままでな…できればあまり余計な金は使いたくないん…だ…が…」
「ならお伺い致しまちけどね」
 スカール様が椅子から転がり落ちた瞬間、見事な身のこなしでそのお膝から執務机に飛び移ったパピ、今や完全にスカール様を見下ろしております。
「そうやって相手の言いなりになってお金を届けるとき、受け取る方は一体誰が出てくるのっ? まさかその代議士自ら『いつもいつもあんがとね』なんてお出迎えちてくれるわけじゃないんでしょ!」
「う…うん…大抵本人は『多忙につき』とか何とか言って顔を見せんな…かわりに金を受け取るのは第一秘書か第二秘書…だがそれでも、贈った金が何がしかの効果を挙げていることには間違いないぞ。この前もだな、試しに某公共事業の受注をさり気な〜く頼んでみたら、見事うちの会社に…」
「そんなんで満足ちてるから、いつまでたってもお金を搾り取られてるだけなんでちっ」
 執務机の上で地団太を踏むパピ。可愛らしいあんよのお爪が、固い黒檀の板の上でかちゃかちゃと音を立てます。
「いずれ政府を思うままに操ろうとするんなら、代議士の一人や二人、さっさと洗脳でも改造でもしちゃうのが一番の早道でしょう。ご主人様たちにとってはそんな技術なんかとっくの昔に開発済みの、特許出願中状態なんじゃないんでちかっ!?」
「だがパピ坊よ、どんなチンケな国の代議士とはいえ、最近はかなり警護に身を入れておるし―何しろ某国際テロ組織から名指しされてるくらいだからな、あの国―いやそれはともかく、さすがの我々にもそう簡単には手に出せない状況にあるんだよ。…やれやれ。異文化同士の対立もよいが、おかげでこちらは随分と仕事がやりにくくなって…」
「愚痴はあとでゆっくり聞いてあげまち。そんなことより、さっき言ったことを思い出してちょうだいよっ」
 どうやらパピもかなり頭に血が昇っているようです。よりにもよって大事な大事なご主人様、世界征服を企む強大な悪の秘密結社BG団総帥に向かって歯をむき出して威嚇し始めました。スカール様ともあろうお方にここまでご無礼を働いて首が飛ばないのは、世界広しと言えどもこの小さなワン公だけでございましょう。
「そんな用心深い相手だからこそ、口八丁手八丁、どんな手を使ってでもいいからとにかくこっちの陣地に誘い込まなくちゃどうしようもないんでち。…あんね、ご主人様の経営してるレストランや料亭なら、前もってあれこれ準備しておくことも簡単でしょう? 最高級のお料理とお酒とワイロをエサに呼び出したって、何も実際にご馳走してお金を渡さなきゃならない義理はこれっぽっちもないんでちよ。先に必要機材を丸ごと運び込んでおいて、丸ごとうちの洗脳室、改造手術室にしちゃったレストランなり料亭なりにやってきたところをとっ捕まえて、脳ミソでも何でも好きにいじくればこんな簡単な話はないじゃありまちぇんか」
「こらパピ坊! 洗脳や改造を甘く見るなあああぁぁぁっ! 仮に相手がこちらの招待に応じてくれたとしても、身柄を確保できるのはせいぜい二時間か三時間…いくら我がBGといえど、そんな短時間で人間一人洗脳したり改造したりできるかあああぁっ! いいか、我々が初めて改造した00ナンバー、その最後の009のときなんか一体どれだけ時間がかかったと思っとる! 一週間だぞ、一週間っ! くっそおおおぉぉぉ…っ! あれだけの時間と手間をかけさせたくせしてあのクソガキ、起動と同時にさっさと他の仲間たちと脱走しくさりよってええぇぇぇ…っ!」
「…そんな大昔に逃げ出したお兄ちゃんたちのことなんかボク、知りまちぇんよ」
 いつしか涙混じりになったスカール様の反論も、哀れ一瞬にして却下されてしまいました。
「二、三時間で無理ならちゃっちゃと深層催眠の一つでもかけちゃえばいーのっ! でもって、いずれ適当な時期にバカンスでも何でも取ったふりしてあらためてこっそりうちへ来るよう頭の中に刷り込んでやればいいでしょ! 国会開催時期さえ外せば『よんどころない私用』を理由に一週間程度の休暇をとることはいくら代議士さんといえども決して不可能ではないはずでちよっ」
「…」

 何ということでございましょう。あのBG団総帥、(うまくいけば)将来全世界の覇権をその手に握る(かもしれない)スカール様ともあろうお方が、こんな小さな、それもワン公に完全に言い負かされておしまいになるなんて…。ああ、あまりのおいたわしさに、溢れる涙でキーボードの文字が滲みます。ですが最後まで書き続けることこそ作者の使命、ここはもう涙も情けも振り捨てて、あえてこの先に筆を進めることに致しましょう。

「あ、ついでに言っときまちけどね、ご主人様。ご主人様が心配ちてた接待費の件も気にしなくて大丈夫でち。深層催眠かけるついでに世界最高のお酒とお料理を存分に味わった記憶もインプットしとけば何も問題はありまちぇん。でもって実際には安いワインの二、三本も飲ませてカップラーメンの一つや二つも食わしときゃ、適度にいい気持ちになってお腹も一杯になるでしょうし、たとえ催眠状態からさめてもテキはおそらく、何も気づきまちぇんよ。ついでに接待するための食材費は丸ごとタダ! カップラーメンの一、二杯ならご主人様にとっては費用のうちには入りまちぇんよね。ワインだって、最近のスーパーじゃ一本500円かそこらで投げ売りしてまちよ。ボクが日本で目撃ちた最安値は一本398円でちた。まさかご主人様…そんな特売品さえ買えないほど貧乏なんかじゃないでちよねっ!?」

 すでにスカール様に残された道は、ただがくがくと繰り返しうなづくことしかありませんでした…。
 


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