まあじゃんほうかいき 3


「四人といえば!」
「やっぱ、麻雀よねぇ〜♪」

 そして突然、宝塚。

 美しい声、見事なハーモニー。だがそんな、天上の音楽もかくやと思われる旋律の裏に潜む恐怖にいち早く気づき、そして反応したのはやはり、クロウディアであった。
「あ…あの、あたしっ! ちょっとイワンの様子見てくる。熱が下がったかどうか、やっぱ心配だしっ!」
 悲鳴にも似た絶叫を残し、さっとテレポートした少女に気づいた周の眉間に、みるみる深いしわが刻み込まれる。
「くっそぉ…早速逃げたか、あのバカ娘っ…。あーん、こんなことならさっさとシールドの一つでも張っとくんだったっ!」
 歯ぎしりして悔しがるその肩を軽く叩いたのは藤蔭医師。
「まぁまぁ。クロウディアがいなくなってもまだまだメンツはいるじゃない」
「何よ聖。サンマ(三人麻雀)でもやろうっての? それでも別にいいけど…サンマって、結構すごい手が簡単にできちゃって面白くないのよね」
「違う違う。どうせこのあと、島村クン―貴女のお孫さんとピュンマさんが顔出すんでしょ。だったら彼らを引きずり込めばいいじゃないの。最低一人確保できれば充分メンツは揃うって。もちろん、二人とも捕獲できたらそれにこしたことはないけどさ」
「そうか! その手があったわね! 聖! 貴女ってば、やっぱ最高!」
「どうせならお互い全力を尽くしましょう。何が何でも両方とっ捕まえるのよ、周」
「もちろん!」
 話が進めば進むほど、さらに艶やかさを、そして妖しさを増していく二人の美女―というか、それはもはや「殺気」とも言うべき段階にまで至っているような…。
 こんな中へのこのこやってくる二人の若者の運命やいかに。それは、神のみぞ知ることである。

 さてその頃、ギルモア邸の中では。
「…まぁ、そうなの。ううん、私たちもその方が安心だわ。せっかくの帰宅だっていうのに台風に巻き込まれて何かあったら大変だもの。…ええ、それじゃ、帰るのは明日の早朝ね。…ええ、ええ、こちらは大丈夫よ。どうかくれぐれも気をつけて、アルベルト」
 懐かしい仲間からの電話を切ったフランソワーズがつと背後を振り向けば、そこにはギルモア邸の全点検を終えた松井警視が立っていた。
「すみませんでした、松井さん。せっかくおいでいただいたのに、何だか大工仕事ばかりやらせてしまって…」
 ぺこりと頭を下げたフランソワーズに、松井警視は軽く手を左右に振る。
「うんにゃ、そんなの気にしなくていいって。それより今の電話、ヘル・ハインリヒからだろ。何だって?」
「台風が日本に近づいているので飛行機の時間を少し遅らせたらしいんです。本当なら今夜こちらに着くはずだったんですけど、明日の朝早くになるって…」
「ああ、そりゃ賢明だな。明日の朝ならさすがの台風も関東近辺からはおさらばしてるだろうさ。…ところで俺、今日はこれで失礼させてもらうわ」
「え? そんな…まだおいでになったばっかりで、何のおもてなしもしていないのに…」
「いやいや、久しぶりに充分遊ばせてもらったよ…ってこんな言い方は不謹慎かな。でもマジな話、これから台風がやってきたらここもえらい騒ぎになりそうだろ? 事実地下の研究室じゃヒデたちがわけわからんパニック起こしてたしよ。あんたもあれだけ客がいたらてんてこ舞いだろう。状況が状況だ、役立たずの部外者はさっさと退散するさ」
「そんな、松井さん! 松井さんに会えて、みんなとっても喜んでいるんですよ! それにあんなお土産までいただいた上に屋根の補強や家の点検まで…役立たずだの、部外者だの…そんなこと、絶対にありません!」
 少しばかり気色ばんだ金色の頭に、大きな手がぽん、と置かれた。さすがのフランソワーズも松井警視にかかってはまだまだクロウディアと同じ扱いである。
「…ありがとよ。あんたたちの気持ちは充分わかってらぁ。だがな、あんましひどい台風にブチ当たって帰れなくなっちまっちゃ俺も困るのさ。ま、そのうちまた泊りがけで遊びにこさせてもらうからよ」
 それでもまだ、フランソワーズは幾分不満げであったが。
「じゃ、研究室の連中にもちょっくら挨拶してくるわ」
 さっさと部屋を出て行かれてしまってはどうすることもできない。小さなため息とともにその姿を見送り、イワンのところへと引き返した。今日は朝からだいぶ落ち着いているとはいえ、小さな赤ん坊の熱は油断大敵である。
 が―。
「ネェふらんそわーず。モウイイカゲン、無罪放免ニシテヨ。ボクハモウ、コンナニ元気ニナッタンダカラ」
 部屋に入った途端、ゆりかごごと空中に浮かんだ赤ん坊の不満げなテレパシーが頭の中に飛び込んできた。
「まぁイワン! だめよ、まだそんなことしちゃ! また熱が出たらどうするの!」
 いくら柳眉を逆立てたところで、このやんちゃ坊主が聞くわけがない。
「ダカラァ! ボクハモウ大丈夫ダッテバ! イツマデモココニ閉ジ込メテオコウッテンナラ、てれぽーとデ研究室ニ行ッチャウカラネ!」
 半べそをかいて訴える幼い赤ん坊に、フランソワーズは苦笑した。
「…しかたないわね。じゃ、もう一度だけお熱を計りましょう。それで問題がなければ、研究室に行ってもいいわ」
 だが、その言葉にイワンがぱっと顔を輝かせるよりも早く―。
「だめええぇぇぇっ!! 今研究室に行ったりしたら、たとえイワンでも命の保証はできないわよっ!」
 突然の絶叫とともに空中から湧き出るように姿を現した銀髪の少女。
 …クロウディアだった。

 こんなふうに突然現れるのは彼女の場合よくあることとしても、その切羽詰った形相と悲痛な声音は、さしものイワンとフランソワーズをも固まらせるには充分であった。
「チョ…チョット、くろうでぃあ…?」
「どうしたの、そんなに慌てて…しかも『命の保証がない』なんて物騒なこと。もしかして、研究室で何か事故でもっ!?」
 だがクロウディアはその銀色の頭をぶんぶんと横に振って。
「そっちの方は大丈夫よ。全然、心配することなんてない。だけど…それでもっ! 今あそこには普通の人間…ううん、普通のサイボーグでも普通の超能力者でもっ! とにかく、『普通』の神経持った人間は一切立ち入り禁止! さもなきゃ何があっても知らないわよ!」
 訴えかける方は至極真剣なのだが、訴えかけられている方にしてみれば何が何だかわからない。ますます混乱し、首をかしげて顔を見合わせたフランソワーズとイワンに、クロウディアはじれったそうに地団太を踏み―それでも、ここは一つ順序だてて説明しなければいけないことに気づいたのであろう。例の停電からその原因、そしてその後の経過について、逐一二人に説明したのであった。
「…てなわけでね、あそこでは今しも『麻雀大決戦』が始まろうとしてるの! しかもメンツのうち二人は周と聖よ。そんなゲームに参加したが最後、残りの二人はどうなるか…ってちょっと、まだわからないの、あなたたち!」
 事情は納得したものの、フランソワーズにしてもイワンにしても今ひとつピンとこないのは無理もない。突然の停電で作業が中断され、六人のうち四人が暇になってしまった。だから、ゲームをして時間をつぶす。…これは至極まっとうな成り行きではないだろうか。麻雀については二人とも詳しくは知らないが、四人一緒に遊べるゲームならまさにおあつらえ向き、どうしてクロウディアがここまでカッカしているのか、さっぱりわからない。
 そんな二人に、一瞬キレかけたクロウディア。しかしここは忍耐強く、さらなる説明を試みる。
「…あのねぇ、周と聖って普段はとても仲良しだけど、ひとたび勝負事が始まるとお互いにすごく闘志燃やしちゃうのよ。ほら、二人とも何となく似てるじゃない。どっちも滅茶苦茶美人で、滅茶苦茶頭よくて、滅茶苦茶度胸があって、おまけにそれぞれ普通人にはない特殊能力を持っている…だからこそ仲良くなったんだろうけど、その裏で互いにすさまじいライバル意識燃やしてるって感じなの」
 そこでようやく、フランソワーズとイワンがうなづく。確かに、あれほどの美貌と知性、度胸(…と豪快さ)に加えて人外の能力までも併せ持つ女など、他に一人でもいるものか。そんな二人が出会ったからには、互いに深い親近感とライバル意識を感じても何の不思議もない。…と言うより、そうなるのが当たり前である。
「だけど、周と聖はその専攻分野も違うし、職業も違う。おまけにそれぞれ、全く違ったタイプの美人だし、能力だって全然別モノ。ついでに二人が一緒にぶち当たった事件なんかも今まで一コもない―要するに、いくらライバル意識を燃やしても、勝負をつける機会なんてどこにもないわけ。わかる?」
 だんだんことの次第がわかってきた少女と赤ん坊が、その言葉に揃ってうなづく。
「…だから、ゲームとか賭け事勝負とかになると、押さえ込まれたライバル意識が一気に噴出しちゃうのよ。花札、トランプ、チンチロリン…将棋、チェスからバックギャモンに至るまで、火花を散らす対決をあたし、今まで何度も見てきたわ。戦績はほぼ五分五分なんだけど…ついこの前の『パチンコ・チキンレース』で、周…聖に惜敗しちゃってね。だから今の周はその雪辱にこれ以上ないくらい燃え上がっちゃってるの」
「なあに…? その『パチンコ・チキンレース』って」
 訊き返したフランソワーズに、クロウディアは小さく肩をすくめた。
「二人がときどきやらかすはた迷惑なパチンコ勝負。元手と制限時間を決めといて、どっちが多く玉を稼ぐか競争するのよ。そうそうめったにはやらないんだけど、この前の夏のボーナスが出たとき『せっかくお金が入ったんだから、久しぶりに派手にやろうか』なんて話になっちゃってさぁ…」
 そのときの様子を思い出したのか、少女の長いまつげはかすかに震えていた。
「元手は各五万、制限時間はパチンコ屋の開店から閉店まで―そんな条件で勝負すること自体、普通の人間は思いつかないわよね。…ま、結局昼前には二人とも強制終了になっちゃったんだけどさ。仲良くパチンコ台五台ずつ打ち止めにした挙句、『お願いですから今日のところはこれでご勘弁を』ってお店の店長さんに泣いて土下座されちゃったの」
「ウワ、確カニソレハ凄イネェ…」
 パチンコ屋の開店時刻といえば大抵午前九時か十時前後のはず。それから始めて昼前に揃って五台も打ち止めにするとはさすが二大女傑。
「訊くのが怖い気もするけど…それで、結果はどうだったの?」
 恐る恐る尋ねたフランソワーズを振り返り、クロウディアは大きなため息をついた。
「出玉の数は周が一一万一四三二個、聖の方は一一万とんで九六五個…」
「ソレジャ、周ノ勝チジャナイカ!」
「確かに、玉の数だけならね…」
 クロウディアの声からは、いつのまにかすっかり力が抜けていた。
「でもこのゲームの勝負はそれだけじゃ決まらないのよ。元手のうちからいくら使ったかもあわせて精算するの。もし相手よりお金を多く使っちゃったら千円につき五百個のマイナスってのがペナルティ。…で、そのとき周が使ったのは七千円、聖は六千円…」
「ジャ、最終的ニハ周ガ一一万トンデ九三二個ニナッチャッタワケ…?」
「そ。結局聖に三三個負けたってことよ」
 はあああぁぁ…と再び大きなため息をついたクロウディア。一方のフランソワーズとイワンはあんぐりと口を開けたまま、呆れかえってものも言えない。
 そりゃぁ確かに、どんな僅差であろうと勝ちは勝ち、負けは負けであろう。しかし…。
「ねぇ、クロウディア。パチンコ玉三三個って、景品に換算するとどれくらい、なの…?」
 もしかしたらパチンコ玉一個の価値というものは自分たちが考えているよりも遥かに高いのかもしれないと一応確認しようとしたフランソワーズであったが。
「…缶コーヒー一本か、百円ライター一個と取り替えられるかどうか…多分、五・六個足りないんじゃないのかな」
 今度こそ、聞き手二人もがっくりと肩を落とした。たかが缶コーヒー一本、いや百円ライター一個にも満たない負けなど、はっきり言ってどうでもいいんじゃなかろうか。むしろ気の毒なのはそのパチンコ屋の方だ。たった七千円と六千円でそれぞれ十万個以上の玉を出されてしまったら大赤字の大流血、出血多量で命を落としても不思議はない。先程の「はた迷惑」という言葉をあらためて思い出し、何だか胸が痛くなってしまったフランソワーズとイワンであった。
「たかがパチンコ玉三三個であそこまで燃え上がるのも大人気ないとは思うんだけどさ、何しろ周の負けず嫌いときたら人間離れしてるからねぇ…。一方の聖だって、勝負へのこだわりに関しては周ほどじゃないかもしれないけど、『売られたケンカは借金してでも買いまくる、やるなら何でも真剣勝負』って人でしょ。ま、アルベルトとの戦闘訓練が体力戦のサシならば、聖とのゲームは周にとって頭脳戦のサシ。あなたたち、わざわざ自分から『サシ』の勝負の巻き添えになる勇気があるっての?」
 じろりとクロウディアに睨まれ、フランソワーズとイワンはぶんぶんと首を横に振った。体力戦であれ頭脳戦であれ、「サシ」の勝負の真っ只中に飛び込むくらいなら、ガソリンかぶって火の中に飛び込むか、コンクリートブロックの百個分ほども身体にくくりつけて日本海溝に身投げする方がまだ生還確率は高いような気がする。
 と―。
「あああっ!!」
 突然、フランソワーズが悲痛な叫びを上げた。今度はイワンとクロウディアがはっとして顔を上げる。
「どうしよう…今、松井さんが研究室に行っちゃったのよ…そろそろ失礼するから、みんなに挨拶してくるって…」
 それを聞いたクロウディアもはっと目を見開き、蒼白になる。
「そう言えばジョーとピュンマも今頃研究室に行ってるはずだわ…屋根の補強が終ったら、報告がてら顔を出すって言ってたから…」
 そしてそのまま、完全に血の気の失せた顔を見合わせる三人。
 ジョーやピュンマは彼らにとっての大事な仲間、松井警視とて大切な友人である。しかもフランソワーズにとってのジョーは誰よりも愛しい恋人、クロウディアだって先ほど松井警視に助けられた恩があるとくれば、ここは何が何でも引き止めようとするのが当然―では、あるのだが。
「デ、デモサ…松井サンッテ警視庁ノ敏腕刑事ダシ、きゃりあダシ…生身トハイエ、体力モ知力モ充分ボクタチニ匹敵スルト思ウヨ…」
「そうよね…あたしを助けてくれたときの反射神経だって加速装置顔負けだったもの…」
「それにジョーは私たちの中でも最強の戦闘能力を持ってるし…ピュンマだってジョーの次に新しいサイボーグだから…」
「基本性能ハ確カ、じょートホボ同等ノハズジャナイカナ…」
 空間をあてどなく泳ぎまわる視線、切れ切れの言葉。
「ア…ふらんそわーず…ボク、ヤッパリマダ少シ熱ガアルミタイ…モウシバラク、休ンデイタインダケド…イイ?」
「そ、そうねイワン。今日一日は、無理をしないで安静にしていた方がいいわ…」
「ね、フランソワーズ。その…少し早いけどそろそろお昼の支度しない? あたし、手伝うから!」
「まぁ、ありがとうクロウディア。それじゃぁ…みんなのために、腕によりをかけて…おいしいお昼ご飯…作りま…しょう…ね」
 親の血を引く兄弟よりも、固い契りの義兄弟。義理と人情秤にかけりゃ、義理が重たい男の世界―。愛のためなら命も捨てる、それが女の心意気。
 そんな言葉は数々あるし、どれも確かにごもっとも。だが、義理だの人情だの心意気だの覚悟だのはともかく、その死に方くらいは―選べるものなら―自分で選びたい。たとえそれが恩義のためでも以下同文。
 そう。義理とて愛とて恩とても、全ては己が命あってのシロモノ。この決断は人として至極正しい(ホントかよそれ→自分)。
 かくしてこの瞬間、フランソワーズ、イワン、クロウディアの三人は地下研究室で巻き起こる事象の一切に目をつむることを決心したのであった。
 


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