スカール様の慟哭 〜腹黒わんこ寝返り編〜 11


(えっ!? 何でっ!? どーしてこんなところにこんな小さな仔犬がっ!?)
 たちまち大パニックに陥ってしまった009、どうやら仔犬と成犬の区別もつかなくなってしまったようです。しかし考えてみればこの少年が一緒に暮らした犬といえばクビクロ―誰がどう見ても立派な中型犬―のみ、逞しく精悍なその体格を見慣れた目にはこんなチビ、せいぜい生後三、四ヶ月当時のクビクロと同程度(←推定)の大きさしかないワン公なんざ、どこをどうひっくり返しても仔犬としか映らないのかもしれません(…ってオマエ、仔犬と成犬の違いってば大きさだけじゃねーだろうっ! 毛並みとかプロポーションとか顔立ちとかで区別がつかんのかああぁぁぁっ!←作者の魂の叫び)。
 片やチビ犬―パピの方は、ただただその場に縮こまり、ぷるぷる震えているばかり。…ま、やっとの思いで見つけ出した00ナンバーサイボーグにいきなりワケわからんパニック起こされ、スーパーガン構えたまま硬直されてしまっては、こっちとしても他にどーしよーもないっちゅーモンですが。
 ともあれ、数分後には009も少しは人としての判断能力を取り戻したようで。
(あ…いけない。いつまでも銃なんか構えていたらこの子を怖がらせるだけだ)
 普通だったらもっと前に気づいてるだろーがよしっかりせんか青少年っ! …とついつい作者が余計なツッコミを入れてしまった隙に慌ててスーパーガンをホルスターに収め、ゆっくりとその場にしゃがんで、いまだ小さな体をぷるぷる震わせているチビ犬にそっと手を差し伸べ、声をかけたりなんぞ致します。
「ごめんね、怖かったね…。でももう銃はしまったから大丈夫だよ。さ、こっちへおいで」
 最初は不安そうに目の前の少年を見つめるだけのチビ犬でしたが、根気強く話しかけているうちにようやくこちらに敵意のないことがわかったらしく、恐る恐る近づいてきたその小さな鼻先をぐぅっと伸ばして、差し出した指の先をくんくん嗅ぎ始めました。ですがまだそのふさふさ尻尾は下がったままですし、腰も引けています。
(困ったなぁ…。この子まだ相当怖がってるみたいだ。まぁ、いきなり大声出した上に銃まで突きつけちゃったんだからそれもしょうがないけど)
 肩をすくめ、小さなため息をついた009。しかし彼とて、本当はいつまでもこんなモノにかかずらわっている場合ではないのです。先ほど別れたきりの002たちにもあれから全然連絡を入れていませんし、もしそのことで皆に余計な心配をかけて作戦行動に支障をきたすようなことがあったらまぎれもなく責任問題になるでしょう。
 とはいえ、このままこのチビ犬を見捨てて皆と合流できるような009ではありません(←お約束♪)。
(さて、どうしよう…)
 さすがの天然少年もすっかり困り果て、途方に暮れてしまったそのとき。
「009―っ!」
 何と、前方のはるか遠くから002の呼び声が聞こえてきたではありませんか。
「002!?」
 ついつい、またも大声を上げ、大きく腰を浮かしかけた009。途端、チビ犬はびくっとして飛びのきます。すぐにでも逃げ出せるように低く構えた姿勢から、黒いつぶらな瞳だけがただじっとこちらを見つめておりました。
「あ…ごめんっ。また驚かせちゃったんだね。でも今のは何でもないんだ。僕の仲間の声が聞こえただけなんだよ。―ほら」
 あくまでも優しく静かに語りかけ、正面を指差してみれば、チビ犬もそれにつられておずおずと背後を振り返ります。
 そのときにはすでに、駆け寄ってくる皆の姿がくっきりと識別できるようになっておりました。
「何だよお前、先に地下に下りてたのか?」
「002たちからお前が別行動をとったと聞いて、俺たちはしばらくあの大階段で待ってたんだぞ。…先に地下へ下りるなら下りるで連絡の一つくらいよこさんか、まったく…」
 先頭を切って走る002と004の声も、今ははっきりと耳に届いてきます。009は今度こそ―あくまでも目の前のチビ犬を驚かせないようにですが―しっかりきっぱり立ち上がり、仲間たちに大きく手を振りました。
「ごめんね、004、002。でも、実はさ―」
 そこで、皆と別れてからのことを詳しく説明しようとした009。ですがその矢先―走ってきた皆がはっと顔色を変え、たたらを踏んでその場に停止してしまったのです。
「え―?」
 しかも、突然のことに驚く暇すらなく。
「あ―危ない、009!」
「早く! 早くそこを離れてこっちへ来るんだ!」
「お願い、009! 早く逃げて!」
 何と、そのまま棒立ちになった全員が口々に叫び始めたではありませんか。009にはさっぱり訳がわかりません。第一、今この場にいるのは自分とこの仔犬(←どうやらまだ成犬だって気づいてないらしい)だけ、一体何が危ないというのでしょう。
(あ…まさか!)
 ふとあることに気づいた009、慌てて仲間たちに叫び返します。
「ち、違うんだよ、この子はっ! BGの兵器なんかじゃないからっ! 本物の仔犬だからっ! だってほらっ。こんなに怯えて…ぷるぷる震えてばかりいて…っ」
 ですがいくら声をふりしぼって説明しても、仲間たちの反応は変わりません。
「そんなものはどーでもいーんだっ!」
「とにかく早く逃げるアルヨー!」
 相変わらず血相を変えて叫んでいるばかりか、気がつけばそれぞれの手にはスーパーガンまで握られています。しかも…。
「ええい、くそっ! 間に合わん!」
 何と、004に至ってはその場にひざまずき、膝ミサイルまで構えたではありませんか。
009の頬から血の気が引きました。
「や…やめろっ! 撃つなあぁぁっ!」
 叫ぶと同時に、少年は目の前のチビ犬をしっかりと抱き上げます。突然のことにびっくりしたのでしょうか、腕の中で自分の顔を見つめるチビ犬の瞳が驚愕に見開かれ、いやいやをするように暴れ出しました。
「大丈夫だよ…君のことは僕が必ず守るから…」
 なおももがきまわるチビ犬の背中をそっとなでる009に004の最終警告が飛びました。
「009! ぐずぐずしてたら命がないぞッ!」
 しかし、こんな言葉に009が従うはずがありません。
「い…嫌だぁぁぁっ!」
 泣き出しそうな絶叫とともに、少年は渾身の力で後ろに飛びのきます。すると―。
「ああっ、バカッ!」
 何ということでございましょう。こちらも引きつるような叫びを上げた004が、迷うことなく膝ミサイルを発射したのです。
「ゼ…004…!」
 自分めがけてまっしぐらに飛んでくるミサイルに、瞳をこぼれ落ちんばかりに見開いた009がチビ犬をかばうようにぎゅっと抱きしめたその瞬間、大爆発が起こりました。と同時に、何故か「背後から」吹きつけてきた凄まじいばかりの爆風。
 ですがそのようなことどもを認識するよりも早く、全身に激しい衝撃が走り―。
 009はそのまま完全に意識を失ってしまったのでした。










 そして、所変わってここはドルフィン号の簡易メディカルルーム。

「…バカ」
「アホ」
「大ボケ」
「ドジ」
「オッチョコチョイ」

 ベッドに横たわり、いまだ昏々と眠り続ける009を取り囲んだ仲間たちの口から、ありとあらゆる悪口雑言が飛び出します。そんな中、003だけがただ一人無言のまま、潤んだ水色の瞳でじっと009を見つめておりましたが、そんな彼女でさえ、仲間たちを止める気はさらさらないようで―。
 もっともつい今しがたまではこの場にいる全員、心配と不安に気が狂いそうになりながら、この最年少の仲間を見つめていたわけですが。
「…ふむ。どうやらただの脳震盪のようじゃな。骨にも脳波にも全く異常はない。あとはまぁ…あれだけの勢いで床に叩きつけられたんじゃ、一応全身打撲ということになるのだろうが、こっちも思ったほど酷くはなさそうじゃ。せいぜい、あとで体のあちこちに青アザができる程度のモンだろうて」
 真剣な顔で診察に当たっていたギルモア博士がほっとしたようにこうつぶやくのを聞いた途端、安堵のあまりついつい本音が出てしまったようです。ま、早い話が009はそれだけ皆に心配をかけてしまったというわけで―こりゃ、ちっとやそっと罵られても文句は言えねぇかもなー(完全に他人事←無責任)。

 ですが、それはそれとして。
「…にしても、あんなに苦労して敵の本拠地、しかもその心臓部にまでたどり着いたってぇのに最後の最後でコレかよ。情けなくて涙も出ねぇってなぁこのことだな」
「『大山鳴動して鼠一匹』―どころか、手に入ったものといえば塩水漬けの生ゴミの山ばかりアル。一体コレ、どーするネ?」
「まさか船外投棄するわけにもいくまい。…帰ったらウチの生ゴミと一緒に処分するさ」
「あらやだ、燃えるゴミの日は明日よ。だったら何とか今日中に日本へ帰らなきゃ…。002、お願い。あとでドルフィン号の自動操縦プログラム調整してもらえないかしら」
「へーへー」
 何だかすっかりリラックスしたムードの00ナンバーたち。…ということは、彼らはすでに日本への帰途にあるのでしょうか。だとしたらあの「地図にない島」、BG基地は一体どうなってしまったというのでしょう。
 そんな顛末の全てをお話しするために、これから少々時間をさかのぼってみたいと存じます。



「009! ぐずぐずしてたら命がないぞッ!」
「い…嫌だぁぁぁっ!」
 004の言葉に、悲鳴にも似た絶叫を返して後ろに飛びのいた009。それはもちろん、004の攻撃目標が自分の腕の中で怯えているチビ犬だとばかり思い込んでいたからですが。
 …えーと。あの、その、実はですねぇ…まことに申し上げにくいことながら、この009の思い込みというヤツ、最初から最後まで完璧な「勘違い」だったのでございました。
 地下一階に下りた009が、パピと出会う前に監視カメラを破壊したことを皆様、覚えていらっしゃるでしょうか。それに気づいたBG作戦司令部はいよいよ敵が地下にまで侵入したかと即刻最終作戦開始―すなわち、これまで温存しておいた一つ目ロボット二十数体を出撃させて侵入者を迎え撃ちつつ、地下二階までおびき寄せようとしたのでした。
 そして勇躍出撃した一つ目ロボット部隊は侵入者のもとへ急行、ところがいざ地下一階に到着し、敵を発見してみれば何故かそのうち一人が自分たちに背を向けてたりなんかして―ま、ロボット部隊にとっちゃンなこたどーでもよかったのでしょうが―今にして思えば、それが全ての悲喜劇の原因になってしまったのでございました。
 そうなのです。004以下の面々が認識していた「敵」、009に迫る危険の正体はあのチビ犬などではなく、突如廊下の向こうに現れた一つ目ロボット部隊だったのでした。
 しかしそのとき他の仲間たちと向かい合っていた009にはあのチビ犬しか見えません。結果、背後の敵に気づくよりもまず、皆が「チビ犬」を敵とみなしている―と思い込んでしまったのです。
 いくら背後からやってこられたとはいえまがりなりにも00ナンバー最強のサイボーグ、物音や気配で気づかねーのかよっ! 大体、他の連中だって、一人くらい「後ろだっ!」とか何とか言ってやる親切はねえのかぁぁぁっ! …ああ、作者の耳の奥では皆様方の嵐のごときツッコミがわんわんわんとこだましておりますが、この場合はやっぱ、突然のアクシデントに00ナンバー全員かなり気が動転してたということで一つ、ご容赦下さいますようお願い申し上げます(←コラ)。
 そして、あくまでもチビ犬を守り抜こうとして後ろに飛びのき―一つ目ロボット部隊の真ん前に自分から飛び込む形になってしまった009を救うため、004がやむにやまれず膝ミサイルを発射したというわけなのですが。
 今さらではございますが、膝ミサイルといえば004にとっても切り札、おそらく体内に埋め込まれた原子爆弾に次ぐ破壊力を持つ武器だと思われます。ですから当然使える場所も限られてくるというもの、屋外での戦闘ならともかく屋内でぶっ放すなど、よほどの理由がない限りできるものではございません。
 ですがそのときの004にはためらっている余裕などありませんでした。ミサイルを使って一瞬のうちに敵を殲滅しなければ、009の命はまずなかったはずです。
 かくて苦渋の決断とともに発射されたミサイルは飛びのく009を追い越し、見事一つ目ロボットの集団に命中して大爆発―そしてその爆風が009をもと来た方向にはじき返し、激しい勢いで床に叩きつけたというわけです。
 ただ、やはり屋内でのミサイル発射にはかなりの無理がありました。しかも、いくら広々しているとはいえ所詮廊下です。その上この基地自体がもういーかげんガタがきた老朽家屋…となれば、コトは一つ目ロボット部隊の爆発だけで済むはずがありません。突如襲いかかった爆発の衝撃に壁や床はたちまち崩れ落ち、爆炎は見る見るうちに燃え広がって、廊下どころか区画一帯が大崩壊を引き起こしたのでございました。
 こうなってはさすがの00ナンバーたちといえども一刻も早く逃げ出さなくては全員揃ってお陀仏です。―てなわけで即刻計画変更したサイボーグたちは、気を失った009を伴ってほうほうの態で脱出したのでございました。

 この大爆発の衝撃がBG作戦司令部にも伝わっていたのは言うまでもありません。
「な、何だこの振動はっ!?」
「ボグート! まずいぞ…地下一階の東廊下を中心として、全区画が大崩壊を起こしておるっ。こうなったらすぐさま脱出せんと、我々全員生き埋めじゃい!」
 あれからずっと例のゴキブリ走法で部屋中を駆け巡り、ご愛犬を探し続けていらっしゃるスカール様に代わって作戦を遂行していたボグート氏とシロオスラシ大佐が血走った目を見合わせます。
「しかし大佐! 今脱出してしまってはあの00ナンバーどもが…」
「何も奴らと心中までする義理はあるまい! この調子では建物自体があと十分ももたんぞぃ!」
 シロオスラシ大佐の一喝を喰らって、ボグート氏もとうとう覚悟を決めました。口惜しげに唇をかみ、重い足取りでスカール様の前にやってくると、自分も同じように両手両膝を床につき―。
「スカール様! 非常事態でございます! まことに残念ながら、こうなっては作戦を変更するしかありませんっ」
「んぁ…?」
 言われて上がったドクロ仮面はすでに涙と鼻水でぐちゃぐちゃ、泣き腫らして真っ赤になったお目は半分焦点が合っておられません。ところが…。
「ですからスカール様! これからすぐに全員脱出いたしませんと、我々も…」
 ボグート氏の口から「脱出」の一言が出るやいなや、瞬時にしてスカール様は完全復活、すっくとその場に立ち上がったかと思えば烈火のごとき怒りの声を上げられたのでした。
「ぬゎにぃ!? ボグート! 脱出だとぉ? 貴様、言うに事欠いて何を言い出すんじゃいっ! 00ナンバー? あんな奴らはこの際どーでもいーわいっ。それより横山っ! …いや、奴が探しているパピ坊を置いてきぼりにして逃げるなど、人間のやることではないぞぉぉぉっ!」
「しかしながら、もう時間がっ!」
「えーいうるさいっ! 脱出したきゃ貴様とシロオスラシだけで行けぃっ! 俺はパピ坊を待つっ」
 この切羽詰った状況でいきなり始まった総帥と大幹部の衝突には傍らのシロオスラシ大佐もなす術がありません。ぎゃあぎゃあ喧しい言い争いの声が響く中、時間だけが無情に過ぎていきます。
 と、そこへまたしても絶妙のタイミングで開いた扉、そして帰ってきた横山くん!
「おおおっ! 横山!」
 たちまち三人の顔がぱっと輝きます。しかし―。
「うううぅぅ…えぐっ。スカール様…。ひくっ。えぐっ。ボグート様…ぐすっ。大佐殿…ううう…」
 扉の脇に立ちすくんだ横山くんの顔は、先ほどのスカール様に勝るとも劣らぬくらいぐちゃぐちゃになっているではありませんか。
「あれから…ぐすっ。地下三階エリアは全部…捜索…ひくっ…致しました。そして…えぐっ…地下二階エリアに行ったところで…こんなものがぁぁぁぁっ!」
 とうとう限界を超えたかその場に泣き崩れた横山くんが差し出したものはと見れば、おお! 何とあの血染めのハチマキです。
「しかしその近辺にはパピちゃんの姿はなく…慌てて捜索範囲を広げようと…思った…矢先にあの爆発が…」
 涙に濡れた横山くんの報告を聞きつつ、赤いシミのついたハチマキを見つめるボグート氏とシロオスラシ大佐の肩ががっくりと落ちました。ですが、そんなもんではすまなかったのはもちろんスカール様です。
「ええい横山っ! 貴様、何故そこで諦めたあああぁっ! 爆発が何だ、崩壊が何だ…今度は俺自らが探しに行くぞっ。パピ坊ぉぉぉっ! 待ってろよぉぉぉーっ」
「スカール様っ!」
 そしてそのまま勢いよく飛び出して行こうとなさるスカール様に見事なタックルを決めたのはボグート氏。
「おやめ下さいっ! 先ほどから申し上げておりますとおりもう時間が…っ!」
「ええい、止めてくれるな梶川殿…じゃなかったボグートっ! 俺は…俺はっ!」
 再び始まった大論争、ですがもう本当に時間がありません。とうとう、ボグート氏の中で何かがブチキレました。
「スカール様! お許し下さいっ!」
 叫んだと同時にその体が、スカール様を羽交い絞めにしたまま大きく反り返ります。そして、おおっと、これはきれいに決まったぞバックドロップ! カウント1、2、3、ホールド! …じゃ、なくて。
「緊急命令、こちら作戦司令部! 全員、直ちに脱出せよ!」
 ようやくおとなしくなったスカール様を担いだ三人は、最後の最後にマイクに向かってそれだけ言い捨て―ついでに一応自爆装置のスイッチも入れてくトコが律儀だよな―幹部用脱出艇に向かって猛ダッシュ、間一髪のところでこちらも無事脱出に成功したのでございました。
 


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