スカール様の慟哭 〜腹黒わんこ寝返り編〜 4


「あ…あれ? スカール様、それにパピちゃん! 一体、どうなさったんでありますか!?」
 思いがけなく早く帰ってきた主人と犬に仰天したのは、いうまでもなく横山くんでございます。しかしパピの方はそんなの構っちゃおりません。
「お兄ちゃん、お願いっ! 今しゅぐここから、今年度の作戦活動計画書と行事予定表と年間資金繰り予算案出してちょうだい! お願いでちっ」
 立ちすくむ横山くんを尻目に書類キャビネットに猛ダッシュしたかと思えば、ぴょんぴょこぴょんぴょこ飛び跳ねながらのワケわからんおねだり…。これではさすがの横山くんも、全身からクエスチョンマークを飛び散らせつつ目を白黒するしかありません。
「ス、スカール様…」
 救いを求めて振り返れば、どことなく疲れたご様子のスカール様が、それでもはっきりうなづいて下さいました。そこで横山くん、すぐさまパピの言うとおりにしてやります。
 そしたらまぁ、何ということでございましょう。
「あんがとでち! お兄ちゃん!」
 礼を言う間ももどかしく、パピは出してやった書類の山のあちこちに鼻を突っ込むわ、手当たり次第にくわえて引っ張り出すわ…あっという間に書類の山は大崩壊、執務室中にとっ散らかって足の踏み場もなくなってしまいました。
「…あのな、横山」
 あんぐり口を開けたまま、地蔵どころか化石と化してしまった横山くんに、スカール様が一応の事情を説明なさいます。ですがいまや完全に「貝の殻」どころかジュラ紀・白亜紀名物アンモナイトの化石も同然の彼の耳に、どこまでそのお言葉が入っているかは定かではありません。
 しかも、スカール様のご説明がまだ半分も終わっていないうちに。
「きゃいいいいぃぃぃんっっっ!」
 せわしなく部屋中を駆けずり回って、散らかった書類のあれこれを熟読、検分していたパピが突然悲鳴とともに泡噴いてぶっ倒れてしまったのでした。こーなったらもう、化石も説明もあったもんじゃございません。
「ふおぉぉぉっ!! パピ坊、どうしたっ!」
「パピちゃんっ! パピちゃんしっかりっ」
 スカール様も横山くんもすっかり動転して、脈を取るやら水を汲んでくるやらの大騒ぎです。しかし幸い、パピはすぐにそのつぶらなお目々をぱっちりと開いたのでした。
「おおおぉぉ…パピ坊…気がついたか」
 途端、スカール様のお目からは滂沱の涙が溢れ出します。ところがどっこい、次の瞬間。
「ご主人様っっっ!! 毎度のことながら一体何考えていらっしゃるでちかっ! どーちてこんな計画書だの予定表だの予算案にホイホイ決裁印押しちゃうのっ! 今が大変な時期だっておっしゃったのはご主人様じゃありまちぇんかあぁぁぁぁっ!」
 あろうことかこのチビ犬、よりにもよって大事な大事な愛情深いご主人様にすさまじい剣幕で吼えかかったのでございました。
 スカール様のドクロ仮面から、一気に血の気が引いていきます。そう、その聡明かつ明晰なおつむりは、昨年度決算期の悪夢をいまだにしっかりと覚えていらっしゃったのでした。あのとき、このチビ犬にどれだけ吠えられ、威嚇され、コキ使われたか…もっともこいつの類まれなる悪知恵にしたがって経営改善した結果、あれから直営会社五百社は至極順調に業績を伸ばしているのですが(←それも何だか情けねー話だな、オイ)。できることならあの悪夢の再来など真っ平御免なスカール様でいらっしゃいました。
 しかしもちろん、このワン公がそんな主人の思いなど斟酌するはずがございません。正気を取り戻すやいなやたちまち、部屋に散らばった書類の一枚をくわえてきてスカール様と横山くんの前に置き―その右前脚をばしいいぃぃぃっ…とその上に叩きつけたのでした。
「ご主人様! それから横山のお兄ちゃんもよく見てちょうだいでち! この年間行事予定表、7月の『BG創立四十一周年記念パーティー』ってのは何!? どうちてこんなハンパな年にわざわざパーティーなんてやるのっ! おまけに会場はパリのホテル・リッツ2階宴会場『鳳凰の間』、来賓への記念品が『バカラ社謹製スカール様胸像型クリスタルペーパーウェイト縮尺1/6』特注単価1000ドルってどーゆーことっ!?」
 あまりの剣幕にたじたじになりながら、それでもスカール様は一応の弁明など試みてごらんになります。
「あ…あの、それはだな。ほれ、去年は『サイボーグ009生誕四十周年』ということで、プロダクションを始めさまざまなファンクラブ、ファンサイトなどがいろいろお祝いしてくれたろう。それ自体は非常にありがたいことではあるが、気がついてみりゃそのドサクサに紛れて我がBGの存在がちーとばかりかすんじゃったかな〜、と…。そもそも我々は『009』連載当初から、きゃつらの目の前に立ちはだかる強大な宿敵として日々精進を重ねてきたのだからして、言わば『009生誕四十周年』とはすなわち『BG生誕四十周年』っ!! …てなわけで、一年遅れてしまった分、今年はぱあっと盛大にやったろか〜、みたいな…ついでに新製品のレセプションもやっとけばいい宣伝にもなるし、販売促進活動にも弾みがつくだろうし…」
「何言ってんでちかご主人様っ! 四十周年のイベントならウチだってちゃんとやったでしょっ! …例の『ゼロナイ四十周年記念CD』のおまけ、『BG銀河系第三惑星支部総会』で、CD全体の主役である009や004、002を完璧に食っちゃうほどやりたい放題やってたのはどこの誰でちかっ。…なのにファンの皆しゃま方は、ご主人様がこの横山のお兄ちゃんという名相方を得て新たな芸風、新境地を開拓されたとたいそう喜んで下さって…ああ、本当にファンというものはありがたいものでち…」
 いつしかパピはその小さなお手々、いえ前脚で目頭を押さえ、かすかに涙ぐんでおりました(しかしよく知ってんなコイツ…犬にCDなんざ聴かせた覚えはこれっぽっちもないんだけどなー…←飼い主による独白)。しかしそれもほんのつかの間のこと。
「と・に・か・くっ! こんなの完全なムダ遣い…どころかお金をドブに捨てるのも同然でちっ。どーちてもやりたきゃ去年の総会同様、どっかの野っ原でやんなちゃいっ! 記念品だって、紅白饅頭とかBGの名前入りタオルかなんかにしときゃ、どんな老舗や一流ブランドに特注しようが、費用はこの十分の一以下ですむでちよっ」
「しかしパピ坊、あくまでも内輪の催しだった支部総会とは違って、今回は世界各国から多数の賓客を招いておることだし、やはりそれなりに我がBGの威光というものを見せつけてやらんと…それにほらっ! 見てみろ、この団員慰安旅行計画書っ! 記念パーティーに金使った分、こっちはかなり費用を抑えて質素に計画しているのだぞっ」
 さしものスカール様といえども、口と金銭感覚とドケチ根性ではこのチビ犬にかないません。だったらせめてそのご機嫌を取って、うまく丸め込もうとなさったのでしょうが…。
 差し出された書類をちらりと一瞥した途端、パピはぎょっとした顔になり、大きな大きなため息をついて…そのまま力なく床にうずくまってしまったのでございます。
「そーでちねぇ…確かにしょれはかなりリーズナブルな旅行だと思いまち、ご主人様…」
「そーだろそーだろっ!? 伊豆・熱海温泉格安パック一泊二日、海の幸たっぷり豪華宴会付で一人当たりの費用は四九〇〇円というのは中々ないぞっ♪ しかもな、あと五〇〇円ずつ上乗せすればコンパニオンあるいは芸者を五人呼べるという特別オプションもあってだな〜♪」
 たちまち、嬉々として格安パックツアーの詳細を語り始めるスカール様。ですがパピの表情はどんどん険しくなっていきます。目ざとくそれを見て取った横山くんが、そんな主人と犬の様子を不安げな目でかわりばんこに見つめておりました。…そして、その不安は見事に的中しちゃったりなんかして。
「…お話はよぅくわかりまちた、ご主人様。ただ、一つ質問があるんでちけど…。ね、今ボクたちがいるここはどこでちか?」
 全てを聞き終えたパピの、妙におとなしい態度が不気味でございます。ですがスカール様はいかにもご機嫌麗しく。
「あ〜ん? そりゃ、BG本部の総帥執務室に決まっておろうが。今さらそんなわかりきったことを訊くなどどうしたのだパピ坊?」
 この脳天気なお答えに、とうとうパピの小さな脳ミソはぶちキレたのでございました。
「がうがうがうがうっ! 違いまちっ! ボクが言ってるのはこの島が地球上のどこに位置してるかってことでち! ここは伊豆七島近海でもなけりゃオホーツク海でも日本海でも、東シナ海でさえもない太平洋のど真ん中でしょっ! こっから日本までの航空運賃、一体どれだけかかると思ってんのっ!! いくら格安パックとはいえ、日本への飛行機代コミで計算したらとんでもない出費になりまちよっ。だったらいっそ、グァムかハワイの高級リゾートにでも行った方が、距離が近い分まだ安上がりでち! 大体ねぇ…」
 再び、その可愛らしい前脚が床にだん、と叩きつけられます。
「経費節減の際、いの一番に見直すべきは『広宣、販促、交際費』ってのが基本でしょっ! 人件費や福利厚生費に手をつけるのは最後の最後の手段でしょうに、交際費や広告宣伝費、販売促進費の穴を福利厚生費で埋めようなんて、本末転倒もいいところでちっ!」
 今やパピの全身は、怒りと情けなさのあまりぶるぶると震えておりました。気づけばその息遣いさえ、ぜぇぜぇはぁはぁとかなり不安定になっていたりして。…ま、あれだけ長い間吠えまくり、怒鳴り散らしたことを考えればそれも仕方ないのですが。
「パ…パピちゃん…あんまり興奮すると身体によくないよ…。今お水持ってきてあげるから、それ飲んで少しは落ち着いて…ね…」
「結構でち!」
 何とかこの場をとりなそうと決死の覚悟で声をかけた横山くんをも、パピはそのつぶらなお目々でじろりと睨みつけ―。
「もういいでち! こーなったら今年度のBGの全計画、丸ごとボクが立て直すでち! もちろんホテルリッツと熱海温泉にはキャンセル入れて、別の会場と旅行先を手配しまちからね、いいでちかっ」
「おっ、おいパピ坊! 一体何を言い出すのだっ。まがりなりにもこれは皆、先の幹部会で承認を得ておるのだぞっ」
「第一、これ全部見直すなんて、パピちゃん一人…いえ、一匹じゃ到底無理ですよっ」
 いくら何でもあまりなパピの癇癪、ヒステリー(オステリー?←一応パピはオス犬)にさすがのスカール様と横山くんも口々に叫んだ、その瞬間…っ。

 どおおぉぉぉ…ん…。

 ごくごくかすかな、しかし紛れもない爆発音がこの場にいた三人―いえ、二人と一匹の耳を打ったのでございました。
「な…何だ?」
「…まさかまた、基地内のどこかが…」
 皆が顔を見合わせるよりも早く、鳴り響いた緊急警報、そして内線電話。
「こちら総帥執務室! 一体、今の爆発音は何でありますかぁぁぁっ…」
 脱兎のごとく受話器に飛びつき、絶叫した横山くんの顔が、見る見るうちに青ざめていきます。
「わかりましたっ。それでは今すぐ、スカール様とともに現場に急行するでありますっ」
 電話を切った横山くんは、すでに完全な生ける屍、足のある幽霊状態。
「スカール様…大変であります。たった今、食堂の生ゴミ処理機が原因不明の爆発を…っ!」
「何だとおおおぉぉぉっ!?」
「とにかくすぐに現場においで下さいっ。不肖この横山、謹んでお供するでありますっ。…あ。でもパピちゃん」
 すっかりパニックってしまったとはいえ、どうやらこのチビ犬のことを忘れていなかったらしい横山くんがはっとパピの方を振り向きます。ですが…。
「ボクのことは心配してくれなくて大丈夫でち。しょんなことより、ご主人様とお兄ちゃんはしゅぐに爆発現場の方へ行って下ちゃい!」
 きっぱりはっきりこう言われては、返す言葉もございません。そしてスカール様と横山くんは、後ろ髪をひかれる思いながらそのまま爆発現場…基地内食堂へと駆けつけたのでございました。
 そして、同じく基地中から駆けつけてきたボグート氏以下の幹部連及び一般兵士たちとともに爆発の後始末だの原因究明だのに奔走してみれば。
 情けないやら哀しいやら、この爆発の原因も、機械の老朽化だったのです。
 この生ゴミ処理機は、ただ生ゴミを分解・殺菌するばかりでなく、そこから発生するメタンガスをも燃料として活用できるタイプのものでした。ですが長年酷使されたおかげで抽出したメタンガスを保存タンクに送るチューブが破損、漏れ出したガスに厨房のレンジの火が引火して大爆発を引き起こしてしまったのでございます。
 幸いにして爆発による死傷者はゼロ、そして当の生ゴミ処理機の破損もさほど深刻でなかったということで、スカール様以下BGの面々はとりあえずほっと胸をなでおろしたのでした。ですが爆発のおかげで飛び散った生ゴミの回収だけは徹底的かつ迅速に行わなければなりません。何故なら、シリーズ当初から申し上げておりますように、ここは太平洋のど真ん中の無人島(←とBGがカモフラージュしてる)、ついでにその半径一千キロ以内には人の住む陸地はおろか、ちっぽけな島、ささやかな岩礁すらもまったく存在しない絶海の孤島でございます。もしもこんな海域に、明らかに人間の食べ残しと思われる野菜のクズや魚の骨、はたまた果物の皮などが浮いているのを無関係の誰かに発見されたとしたら、噂が噂、あるいは疑惑を呼び、どんな奴らが調査に乗り出してくるかわかりません。
 かくて。
 島周辺に飛び散った生ゴミを一つ残らず拾い集めるために出動した空母、潜水艦、駆逐艦、はたまた底引き網漁船(←オイ!)等々の指揮にすっかり時間を取られたスカール様と横山くんがようやく執務室に戻ったのは、あれからきっかり一日半後―爆発事故の第一報が届いた翌々日未明のことだったのでございました。
 丸一日半の間、不眠不休で陣頭指揮を取っていたとなればさすがのスカール様、そして横山くんといえども気力体力の限界です。できることなら一分一秒でも早くベッドにもぐりこみたいのが人情、しかし何しろ時刻が時刻。おそらくすでに眠っているであろうパピを起こしたりしては可哀想だと思った上司と部下は、なるべく音を立てないよう、そうっとドアを開けたのでした。そして真っ暗な部屋の中に抜き足差し足忍び足で身体をすべりこませたそのとき。
「あ…ご主人様、お兄ちゃん。お帰んちゃいでち。事故の方は大丈夫だったでちか…?」
 何と、その真っ暗闇の中から紛れもないパピの声が響いてきたではありませんか。二人がぎょっとして目を見開いたのは言うまでもありません。すると―。
 部屋の一箇所、執務机のあたりだけがぼんやりと明るくなっておりました。よく見ればそれは机の上、スカール様専用のコンピューター端末の電源がオンになり、ディスプレイが皓々と光っていたためだったのです。しかも机の前の椅子にちんまりとお座りして両前脚をキーボードにかけ、器用にキーを操っているのは―パピ!
 犬がコンピューターを操作するなど前代未聞ですが、いやそれよりも何よりも。
「パピ坊っ、お前、何をやっておるのだっ! 今はもう午前一時だぞっ!」
「それもこんな真っ暗けな部屋でなんて…お目々が悪くなっちゃいますよっ」
 しかしチビ犬はあくまでけろりとしております。
「ああ、お部屋が真っ暗なのは電灯のスイッチにボクのお手々が届かなかったからでち。しょんなことよりご主人様、例のパチモンイーグル三機、アングラサイトの秘密オークションに出ちたらたちまち世界中の物好きが食いついてきまちたよっ♪ あと、ホテルリッツと熱海温泉のキャンセルも済ませまちた。キャンセル料もできる限り値切っておきまちたから安心ちて下ちゃい。でもって、代わりの会場と旅行先は…。…あ…れ?」
 そこで突然、パピの得意げな報告が途切れました。
 そして多分、パピ自身も何が何だかわからないうちに、その小さな体はぐらりとバランスを崩し、椅子の上から転がり落ちてしまったのです。もちろん、着地したのはすかさず差し伸べられたスカール様と横山くんの腕の中でしたが…。
「パピ坊、お前何だかずいぶん軽くなってしまったではないかっ」
「まさかパピちゃん、あれからずっとぶっ通し、飲まず食わず眠らずでパソコンを…?」
 今や人間サマ二人は完全に真っ青です。と、次の瞬間。
 ぐぅ〜っ、きゅるるるる…。
 …パピのお腹が、部屋中に響き渡るほどの音量で盛大に鳴ったのでございました。
「うおおっ! もしかして、腹が減っておるのかパピ坊っ! おい横山っ! 即刻肉を、ドッグフードを…いや水持ってこい、水っ!」
「はっ!」
 絶叫とともにしっかとチビ犬を抱きしめるスカール様、間髪容れずに簡易キッチンに飛び込んだ横山くん。
「よしよしパピ坊、今すぐに水と食べ物が来るからな、もう少しの辛抱だぞ…」
 言いつつ、スカール様の表情がふと曇ります。
「…なぁパピ坊。お前が我々のことを心配してくれる気持ちは痛いほどよくわかるが、だからと言ってどうしてここまでして早期引越しにこだわるのだ? 我々は決して、引越しをしないと言っているわけではないのだぞ。だから…頼むからあともう少し、秋になるまで待ってておくれ。それともお前、この父ちゃんの頼みが聞けんとでも言うのか…?」
 しみじみと言い聞かせてみれば、腕の中からじっと見返してくるつぶらな瞳。
「…しょれは無理でち、ご主人様…」
「んあ? 何だと?」
「何故なら、ボクはわんこだからでち。…ねぇ、ご主人様。ご主人様は一人ぽっちだったボクを拾ってこの基地に連れてきて下しゃいまちた。でもって、横山のお兄ちゃんやボグートのおじちゃん、しょれから基地内のみんなも本当に優しくちてくれて、可愛がってくれまちた。しょんなみんなが、いつどこで何が壊れるかわからないような危ないところで暮らちているだけでも、ボクには到底見過ごせまちぇん。まちて戦闘員の皆しゃんにとって、トレーニングルームが使えずロクな訓練ができないなんてのは正真正銘、死活問題でち。だったら少ちでも早く、みんなが安全な場所で暮らせるように…充分な訓練を積んで、どんな戦いに出て行ってもみんな揃って帰ってきてもらえるように…しょのためにならボクは何だってやってやろうと思ったんでち…」
「パピ坊…!」
 思いがけない言葉に、スカール様はただ声もなくパピを見つめるばかりでございます。
「ご主人様…。ボクたちわんこは一度受けたご恩は絶対に忘れまちぇん。どんなにちっぽけでも、どんなに長い年月がたっちゃっても、いつかきっとご恩返しをと…。しょのためならたとえ我儘だと叱られてもいい…生意気だからと嫌われても、追い出されてもいい…しょれがわんこ…犬という生き物なんでち。だから…だからボクは…」
「ふおおおぉぉぉっ! もういいっ! もう…もうそれ以上言うな、パピ坊っ!!」
 ここまで言われちゃ、あとはもうお約束の号泣シーンでございます。ふと気づけば柱の陰、ドッグフードと水の器を乗せたお盆を持った横山くんが、声を殺してもらい泣きにむせんでおりました。

 そう、これこそスカール様と横山くんが、このクソ生意気かつ癇癪持ちでヒステリーのワン公の本心を知った瞬間だったのです…。
 


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