前略、道の上より 14


 それから二週間ほどのち。ジョーとジェットはまたしてもあのコンビニを訪れた。ただ、正確に言うと今日の彼らの目的地は「コンビニの前」、そして時刻も深夜どころかまだ陽が完全に落ちきってはいない夕暮れ時だったりする。
「おーいジョー、ジェット! こっちこっち!」
 店の前では一足先に到着していたらしいヤスが大きく手を振っていた。こちらもまたいつもとは違う私服姿―となれば、どこにでもいる街の兄ちゃん以外の何物でもない。
 そう。今日の彼らは仕事でも買い物でもなく、純粋な「飲み会」のためにここに集まったのだった。あの事件の際の協力をすっかり恩にきたヤスが「どうしても」と一席設けてくれたのである。
 軽く手を振り返し、雑踏をかき分けつつ小走りにやってきた二人を、ヤスは満面の笑みで迎えた。
「やー、わざわざ呼び出しちまって悪りぃ悪りぃ。でもよ俺、どうしてもお前らに礼がしたくてさぁ…ってあれ? アルベルトさんは? 一緒じゃねぇのか?」
 訊かれた途端、ジョーとジェットが複雑極まりない表情で顔を見合わせる。
「あ…うん…。アルベルトもね、すごく喜んで是非行きたいって言ってたんだけど…急な仕事が入っちゃったんだよ」
「そ…そーそー。あの銀髪オヤジ、えれぇ残念がってよ、お前にくれぐれもよろしく、つーてたぜ」
 一応笑顔で答えながらもその頬には申し合わせたように一筋の汗。
(…何? この前の礼に飲み会だ? …あいにく俺はガキ三人のお守りなど真っ平ごめんこうむる。行くんなら、お前ら二人で行ってこい)
 ヤスからの誘いを知らせた途端、アルベルトが片眉をひそめてにべもなく言い放ったことなど絶対に話せるわけがない。だが、それを聞いたヤスはいかにもがっかりしたように肩を落としてしまった。
「そっかぁ…ま、仕事じゃしょうがねぇけどよ…。じゃ、アルベルトさんには今度何かプレゼントでも…」
「そっ…そそそ、そんな気を遣わなくていいってば! 大体…仕事といったらヤスの方は大丈夫なのかい? 今日は休み?」
「それに、俺たちだって…いいのかよ? ご馳走になんかなっちまって」
 何とか話題をそらそうと口々にまくしたてる二人に目を白黒させるヤス。が、すぐに自分の胸をどん、と叩いて。
「おう。お前らこそ気なんか遣うなって。休みを取るのは労働者の権利だろーがよ。今日は俺の立派な公休日、夜勤のチーフはオーナーがちゃんとやってくれてらぁ」
「オーナーって、河北さん? え…? だってあの人は…」

(恥ずかしながら私は名ばかりのオーナーでしてね。…とてもとても花岡の代わりは務まりませんよ)
 いつかのあの日、ぎゅう詰めになった控え室で確かに河北はそう―言わなかったか?

 一瞬言葉に詰まって点目になったジョーとジェットに、ヤスが盛大に噴き出した。
「ぎゃははっ! お前らマジでアレ信じてたのかよ? ありゃオーナーの大ウソ、フカシだフカシ。いくら何でも店の仕事もろくすっぽわかんねぇヤツが偉そうにオーナー面なんざできるわけねーだろ。確かにあのヒトはコンビニの他にも手広く商売やってるし、そうそうウチばっかにもかかずらわっちゃいらんねぇけどさ。俺や井沢さんが休みの日だけはちゃんと店に出て、昼だろーが夜だろーがきっちり仕切ってくれてるんだぜ」
「そう…だったのか。でも、だったらどうしてあの時そんな嘘を…」
 茫然とつぶやいたジョーの言葉に、ヤスの表情が真面目になった。
「そりゃ…俺が辞めるだの休職するだのほざいたからだろ。俺もかなり頭に血が昇ってたから、後先なんざまるで考えてなかったんだけどさ…」
 言いつつ、団栗眼がちらりと店の方を見る。
「あの時のあんな状況じゃ、この店辞めてもすぐによそで働くわけにゃいかねぇし、休職するにしたって…。有給休暇は一応あるけどよ、それ使い切っちまったら完全無収入のプータロー、とてもじゃねぇが暮らしていけねぇのは同じだ。…多分オーナーはそれを心配して…目一杯フカシこいて、俺が残らなきゃならねぇような方向へ話を仕向けてくれたんじゃねぇのかなぁ…」
 そのときのことを思い出したのか、ヤスはぐすっと鼻をすすり上げた。
「ホントは俺、あれ聞いてとっさに『そんなの嘘だ!』って言い返そうとしたんだ。でも、それを止めてくれたのが井沢さんで―すげぇ目だった。ちらっと見られただけなのに『黙ってろ!』って怒鳴りつけられたみてぇで、ビビって何も言えなくなっちまって…。ありゃ多分、井沢さんがオーナーの真意に気づいて…でもって、オーナーと同じくらい俺のこと心配してくれてたからだと…そう、思ってる」
 真っ直ぐにジョーとジェットを見つめた団栗眼の中ににじんだものが、今まさに沈みかけんとしている夕日を受けてきらりと光った。それをごまかすように、わざとらしいおどけた仕草で自分の鼻の下をごしごしこすり上げたヤス。
「まーよ、何はともあれそーゆー人たちがいる店なのよ、あそこはさ。その店を…俺にとって何より大切な場所を守れたのはお前らのおかげなんだから、今夜は絶対遠慮なんかすんなよ! 何軒ハシゴしようが夜が明けようが、丸ごと全部俺がおごるからさ。へへ…実言うとオーナーからもカンパもらってんだ。だから全っ然、気にすることなんかねぇんだぜ!」
「ヤス…」
 こちらもまた感極まって涙ぐんでしまったジョーの背中をヤスがぱしっと叩き、親指を立てて店の向こうに見える大きな交差点を指し示す。
「今夜の第一会場はあっちだ。ほれ、その商店街抜けたとこ。こっからだとちびっと歩くし、ぐずぐず立ち話なんざしてねぇでさっさと行こうぜ!」
 言い終わったときにはもう、ヤスの足が動き出している。ジョーとジェットも慌ててそのあとを追った。
 と―。
「…考えてみりゃ、俺は本当に幸運だったんだよなァ…」
 先頭に立ち、いくぶん早足で歩くヤスの背中越しに、ぽつりと聞こえた一言。
「あの犯人どもにも…ウチのオーナーや井沢さん、それにバイト連中みてぇなヤツがいてくれたら、多分あんなこともしなかっただろうによ…」
 交差点の信号は赤。立ち止ったヤスが、そこでようやく再びジョーたちを振り返った。
「ちらっと聞いたんだけどさ、あいつらの片っぽはガッコ出たのに就職先が決まんなくて、その日暮らしのフリーターやるしかなくて…もう片っぽは会社のリストラで、いの一番にクビになっちまったんだと。やる気はあるのに働かしてくれるところが見つかんない、そんな連中だったんだ。しかも悪いこたぁ重なるモンでよ、奴らが必死こいて仕事探してる真っ最中にあの―主犯格のオヤジが経営してた町工場が倒産しちまったらしくてさ…にっちもさっちも行かなくなってヤケになった主犯格にもう一人が同情して―っつーより、そいつもやっぱ、いつまでたっても出口の見えねぇ状況にヤケ起こしてたんじゃねぇのかな―ウチの店に押し入ったんだと。…で、とっ捕まって服役してる間に…」
 言葉を切ったヤスが、きつく唇をかんだ。
「その…主犯格の家族…一家心中…してた…」
 ジョーとジェットも息を呑む。大きく見開かれた茶色と青の瞳に、ヤスの真っ黒な団栗眼がいかにもやりきれない、という視線を向けて。
「そんな事情があっちゃ、俺…恨まれてもしゃぁねぇよな。恨まれて、憎まれて…殺してやりてぇって思われたって、文句の言えるこっちゃない」
「だけどヤス! ヤスはそんな事情なんかちっとも知らなかったじゃないか! 何も知らない人間が、いきなり押し入ってきた強盗を捕まえるのは当然のことだよ!」
 あまりに衝撃的な真実に愕然としつつ、ついつい大声で叫んでしまったジョー。だが、その先の言葉がどうしても…見つからない。
 隣では蒼白になったジェットがきつく拳を握り締めている。そんな二人に、ヤスはほんの少し―笑った。
「ああ。俺だって自分のやったことが間違ってたなんて思っちゃいねぇ。どんな事情があろうと強盗やらかしていいって理由にはならねぇよ。多分、最初のあの夜に全部知ってたとしても、俺はやっぱあいつらをとっ捕まえていただろうさ。でも…」
 笑っているその目だけが何故か真っ赤になっている。
「でも俺、奴らにも何か…何かしてやりたくてさ。オーナーや井沢さんとも相談して減刑嘆願書、出すことにした。強盗の再犯つったらかなりの重罪だしよ、もしかしたら何の役にも立たねぇかもしんないけど…」
 一瞬うつむいたその顔が再度上がったときにはもう、いつもどおりのヤスだった。
「でも俺、今でも諦めてねぇんだぜ。いつか奴らにも、真っ直ぐで素直な気持ちでセピアの歌を聴いてほしいってコト。…おっと、信号変わったな。行くぜジョー、ジェット!」
 前方を指差しつつぱっと飛び出したヤスの足取りには、ためらいや迷いは一切なかった。今回の事件についてはおそらくヤスもあれこれ考え、さんざん悩んだことだろう。だが―今はきっと自分なりの見解を見つけ、その全身でしっかり受け止める覚悟を決めているに違いない。
 ならばいかに親しい友人とはいえ、これ以上は何も―ジョーにもジェットにも―言うべきことなどないはず。だったらいつもどおりの気の置けない「ダチ」同士、今夜は何もかも忘れてうんと楽しめばいい―それは痛いほどよくわかっていたけれど。
 夕暮れのにぎやかな商店街を歩きつつ、気がつけば誰もがすっかり黙り込んでしまい、三人の間には妙に重苦しい雰囲気が漂い出していた。
 突然、ヤスが全く違う話題を持ち出してきたのはそれを察したからかもしれない。

「あ…そー言えばよ、あのガキどもな」
 いきなり振り返られて、後続の二人の物思いは半ば強引に断ち切られた。
「あれからまた、店の前でわきゃわきゃ騒いでやがるんだけどさ、最近少しずつ人数が減ってきたような気がするんだ」
「え…?」
 ジョーとジェットがあらためて眉をひそめる。事件解決とともにヤスと子供たちは和解したはずなのに、もしかしてまだわだかまりを持っている子供がいるのだろうか。しかし、だとするとこの、ヤスの表情の明るさは何だ?
「へへ…そのかわり、よ。昼間―学校帰りにウチの店に寄ってくヤツらがちらほら出始めてな。でもって俺以外のバイトどもとも少しずつ挨拶とか話とかするようになって…この間なんかさ、秋山―お前らも会ったことあるだろ?―にいじめの相談してきたガキがいるんだと。秋山ってなぁ、教育大行ってて将来は小学校の先公になるのが夢だってヤツだから、そんな真剣な話してくれたってだけでもう、感激して涙ぐんじまってさぁ。必死こいて話聴いたりアドバイスしたりしてやってたのはいいが、そのうち鼻水すすり出しやがって、挙句の果てにゃガキの方に『大丈夫?』なんて心配されてやんの。先公志望がそんなこってどーすんだっちゅーの、あのバカ」
 辛辣な悪口にもかかわらず、ヤスの口調はどこか自慢げに響く。
「あ、バカと言えばタケシもだ。この前珍しく『頑張って勉強して大学行きたい』なんてご立派なことヌカしやがるから、そりゃ大したもんだ、偉れぇぞ! …ってほめてやった途端、『だって、大学生にならなきゃここでバイトできないんだろ?』だとよ。そんな動機で入学されたひにゃ大学だっていい迷惑ってモンだ。ちったぁ成長したかと一瞬でも思った俺が甘かったぜ。ナァおい、お前ら学者先生の助手してんだろ? いっちょ『バカにつける薬』っての発明してやってくんねぇかな。俺の周囲にゃ、そんなんでもなきゃどーしよーもねぇヤツらがもう、てんこ盛りで…」
「なーに言ってやがる。もしそんなモン発明できたら誰より先にお前につけてやらぁ」
 ようやくいつもの調子を取り戻したらしいジェットが、これまた憎まれ口をききながら軽くヤスの頭を小突く。そして、「違げぇねぇ」と頭をかいたヤスとともに大笑い、三人の顔に再び屈託のない笑顔が戻ってきた。
 その頃にはもう、街の表情は「商店街」から「繁華街」へと変わりつつあったのだが。
「―あ! パピちゃん!」
 何の気なしに周囲を見回したジョーの声に、ふと見てみれば。
 通りを隔てた反対側の歩道を、あのチビ犬がとことこ歩いているではないか。それも、飼い主らしい人間に連れられ、リードまでつけて。
「おいジョー、ちょっと待てよ。あのクソ生意気なワン公が、お行儀よくリードに首輪つけて散歩なんてするわけねぇじゃんか。人違い…いや、犬違いじゃねぇのか?」
「そんなことないっ。あれは確かにパピちゃんだよ、ジェット!」
 と、言い合うジョーとジェットの横で、ひたすら人間の方を見つめていたヤスが。
「んー…少なくとも一緒にいるのはまぎれもねぇパピの飼い主さんみてぇだけどなぁ」
「飼い主だぁ!?」
 混雑した街中であるのも忘れ、ついついジェットが素っ頓狂な叫び声を上げる。それに続いて―。
「おぉーい、パピ! 元気かぁ!」
 これまた臆面もなくヤスが大声で叫び、手を振れば。
 通りの向こうで振り向いたチビ犬がちぎれんばかりに尻尾を振り、嬉しそうに「わん!」と吠え返してきたではないか。一緒にいる飼い主もこちらに向かって深々と頭を下げてくれたが、沈みかけた夕日の残照が逆光となり、その人相は詳しくわからない。それでなくても四車線道路を隔てた向こう側、体つきから見てどうやら女のようだと見当をつけるのが精一杯である。
 あいにくパピたちは彼らと反対方向へ歩いていたらしく、チビ犬と飼い主の姿はあっと言う間に雑踏にまぎれ、見えなくなってしまった。そしてあとには、「やっぱりパピちゃんだったね♪」とうなづき合うジョーとヤス、そしてただ一人点目になったジェットが残される。
「あのワン公…ホントに飼い主がいやがったのか」
 ぼんやりとしたジェットのつぶやきを聞きながら、ジョーがちょっとだけ口惜しそうな顔になった。
「でも残念だなぁ。パピちゃんの飼い主さん、どんな人だかよくわからなかった。女の人らしいことは何となくわかったけど」
「ああ、パピの飼い主は女だぜ。ウチの店にも時々寄ってくれるんだ」
「えっ、そうなの? どんな人?」
「う〜ん、そうだな。セミロングの髪でメガネかけてて…美人じゃないけど不細工でもない。年齢は…三十から五十の間ならいくつって言っても通用しそうな…」
「それじゃ何にもわかんねぇのと一緒じゃねぇか」
 そんな話をしながら、いつしかまた三人は歩き出す。
「でもよ、あの飼い主も結構タケシたちにはウケがいいんだぜ。元々パピたちはヤツらのガッコのそばに住んでて、朝夕の散歩のたびに登下校途中のガキどもと顔合わせてるうちにいつのまにか飼い主ワン公コミで仲良くなっちまったんだと。噂じゃあの飼い主、中学高校の教員免許持ってるらしくてな。パピに言わせりゃ最初、ガキどもの中にミョーに元気のねぇのがいるって心配してたのは飼い主の方なんだそうだ。でもよ、親でも先公でもねぇ赤の他人のオネーサンだかオバサンだかにゃどーしてやることもできなかろ? 一方パピは仔犬の頃から夜遊びグセがあって、しょっちゅう夜中に家抜け出しちゃぁ好き勝手に街中ほっつき歩いてたらしいわ。ところがある夜、偶然あのガキどもを見つけて…飼い主があれこれ心配しているガキどもとなりゃ、飼い犬としても放っとくわけにゃいかねぇわな。で、最初のうちはつかず離れずガキどもにくっついて歩いて見張るだけだったんだが、いくらもたたないうちにウチの店がいわゆる『集会所』みたいになっちまったろ? 結果、パピはあのガキどものフロクみてぇな格好で店にやってきて、以後俺たちともあれこれ情報交換する間柄になったってわけだ」
 そんなヤスの説明を、ぽかんと口を開け、目を見開いて聴き入るジョーとジェット。
 …無理もない。初めてパピを見たときあんなにも驚き、その後もあれこれ悩んでいたというのに、その種明かしはこんな簡単なことだったのだ。
「やーれやれ。何だか拍子抜けしちまったぜ」
 大きなため息とともにジェットが肩をすくめる。一方のジョーも、これではただ苦笑するしかない。
「本当に。パピちゃんの正体は僕らの間でも最大の謎だったのにね」
「俺なんか、ヘタすりゃあれこそバケモノなんじゃねぇかって真剣に思ってたぜ。ほれ、日本にゃ『猫又』って妖怪がいるだろ。だったら『犬又』ってのもいるかもしんねぇってよ」
「ジェット…それじゃいくら何でもあんまりだよ」
 すでに苦笑を通り越して呆れ顔になったジョーに、青い目がにやりと笑いかけた。
「ま、そんでもまだ謎は残るけどな。どーしてあのワン公が人間語喋れるのかとか」
 確かにそれはそのとおりだ。もしかしたら今日パピの飼い主を見たことは、アルベルトには内緒にしておいた方がいいかもしれない。
「でもま、そんなこたもうどーでもよくなってきちまった。ああして飼い主と道歩いてるトコ見りゃ、何でもねえごく普通のチビ犬じゃねぇか」
「そうだよ! パピちゃんは絶対に特殊でも異常でもない。ただの―可愛くてお利口な犬、それでいいんだ!」
 ジェットのつぶやきに我が意を得たりとばかり力説するジョー。と、その茶色の瞳が何かに気づいたようにほんの少し見開かれた。
「? どうしたい、ジョー」
 すかさず怪訝な顔で声をかけてきたヤスへの返事は照れたような微笑。
「ああ…何でもないよ。ただ、今のジェットの台詞を聞いて思ったんだけど、今回のことはみんな、道の上から始まったんじゃないかなぁ、って…」
「あ…あ。言われてみりゃ確かにそうだな。俺とあのガキどもが出会ったのもアパートへの帰り道だったし、パピがヤツらを見つけたのも夜中の路上―道の上だったしな」
「だったら俺とジョーがお前に会った店の前だって一応は歩道じゃんか。道の上っつーて言えねぇこたないぜぇ」

 言い交わす三人の耳に、ふと―遠いどこかからあの曲―威勢のいい和太鼓とかけ声、そして力強く豪快な男声コーラスが聞こえてきたような気がした。

「…あの子たちもようやく、『道の上』から動き出す気になってくれたのかなぁ…」
「かもな。でもまだ当分、居座ってるヤツも多そうだけどよ…おっとここだ。長いこと歩かせちまって悪りぃ」
 気がつけばそこは一軒の居酒屋の前。先頭に立ったヤスが縄のれんをくぐり、引き戸を開けたと同時に「へい、らっしぇいっ!」という店のオヤジの威勢のいい声が、気持ちよく三人を迎えてくれたのだった。

〈了〉
 


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