小夜時雨 3


 電話を受けた藤蔭医師は、当初かなり困惑していたようだった。
(え…? かおりの話ですか? それも高校を卒業した後の…?)
 しかし話が進むうちに、グレートが心からかおりを心配していることを察したのだろう、最後にはその頼みを快く承諾してくれた。
(…わかりました。でしたら私の知っていることは全てお話し致しましょう。…ただ、そのときもう一人、友達を連れて行ってもよろしいですか? 彼女もやはり私どもの同級生で、卒業後のかおりについては私以上によく知っているはずの人なんですけど)
 もちろんグレートに異存があるわけがない。早速その「友達」に連絡を取ってもらい、三日後の午後九時、赤坂にある「ブルー・ラグーン」というバーでおち合うことで話は決まった。少々遅いが、その時刻にならないと「友達」の都合がつかないのだという。
「どうやら、かなり多忙な女性らしいな。加えて赤坂と言えば洒落た大人の盛り場であると同時に東京でも有数のオフィス街だ。もしかしたらその人も、藤蔭先生に勝るとも劣らぬ才色兼備のキャリアウーマンかもしれん。そのようなレディたちにお目にかかるとなれば、我輩もよほど気合を入れて行かんと」
 下手をしたらどんな深刻な話になるかもわからないというのにどこか嬉しそうにそうのたもうたグレート、いざ当日には颯爽たる英国紳士然として―要するにかなりめかしこんで―意気揚々と待ち合わせ場所に向かったのだった。
 「ブルー・ラグーン」は、店内の雰囲気も客層も大層洗練された店だった。だが、そんな場所でも藤蔭医師の気品と美しさは一際目立つ。店内に入ってすぐ、カウンター席で隣の誰かと親しげに談笑している彼女の姿が目に飛び込んできた。だがその相手の方は、手前に置かれた大きな鉢植えの観葉植物の陰になってはっきりとは見えない。
「やぁ、藤蔭先生! どうやら、お待たせしてしまったようですな。こちらからお呼び立てしておいて、申し訳ありません」
 歩み寄りながら声をかければ、振り向いた女医が艶やかに微笑む。
「いえいえ、そんなこと全然ございませんわ。私どももたった今来たばかりですもの」
 そのままさっと席を立ち、こちらへ出て来てくれた藤蔭医師と握手を交わしたグレートは、後に続いた連れの女性にも挨拶すべく、つと視線をそちらの方に移した…の…だが。
(はぁ!?)
 その姿を一目見た瞬間、あろうことか颯爽たる英国紳士は目と口をぽかんと開き、ものの見事な間抜け面でその場に立ちすくんでしまったのである。
(おいおいおいおい、ちょっと待てェェェッ!! よりにもよってこれがその…藤蔭先生の「友達」かぁぁぁぁっ!?)
 心の中に魂の絶叫がこだまする。だが、それもある意味仕方なかったかもしれない。…と、いうのも。
 瑞々しい緑の葉陰から現れたその女は―藤蔭医師の「友達」、は―。

 とにもかくにも「超」ドッ派手だった…。

 オレンジ、黄色、朱赤、ピンクといったさまざまな原色の濃淡が揺らめく炎さながらに渦巻く上に、ご丁寧に火の粉のような細かい金の粒をぶちまけたチューブトップ…いや、それでも一応肩紐がついているからにはキャミソールか? …の下はこれまた小粒のラインストーンをふんだんに散りばめたブーツカットジーンズ、その裾からのぞくゴールドベージュのパイソン柄パンプスはヒールの高さ十センチはあろうかというシロモノだし、あらわになった首筋に揺れる琥珀のネックレスもまた、店内の明かりを受けて黄金色の炎のごとく輝いていた。さまざまな光と輝きに彩られ、見ているだけでも目がちかちかしそうな装いの中、緩やかに波打つセミロングの黒髪だけが唯一の救い…とほっと息をついたのもつかの間、よく見てみればこめかみの生え際辺りに鮮やかなオレンジのメッシュが二筋三筋入っていたりする。
 とはいえ決してごてごてとけばけばしいわけではなく、全体的に見れば不思議な調和と美しささえ漂わせているのだが、それでもこのインパクトは強烈過ぎる。ましてその傍らに立っている藤蔭医師の方は例によって仕事帰りなのか、ライトグレーのスエードスーツに抑えた色合いのワインレッドのシルクブラウスという出で立ち、あまりと言えばあまりに対照的かつ両極端なこの二人の女性が友達で、しかも昔同じ教室で机を並べていたとはとてもじゃないが信じられない。
 知らず、身も心も真っ白な石地蔵と化したグレート。しかし二人の女はそんなことになど全く気づくふうもなくて。
「こんな遅い時刻の待ち合わせで申し訳ありませんでした。紹介致しますね。こちら、かおりと私の共通の友人で―」
「初めまして。後三条煕子と申します」
 差し出された手の指にさえ、オレンジレッドのグラデーションを基調にした見事なネイルアートが施され、恐る恐る握手をしたグレートは、あまり強く握ったらこの長く美しい爪を折ってしまわないかとひやひやしたものだ。
 だがその一方、「後三条」という名前にはどこかで聞き覚えがあるようなないような。
 地蔵になった頭の中にさまざまな思いが渦巻く中、とりあえずでも人並みの挨拶を返せたのは英国紳士の意地…というよりサイボーグとしてありとあらゆる修羅場をくぐり、鍛え抜かれた精神力の賜物と言った方が正しいだろう。
「こちらこそ、お忙しい中お呼び立てしてしまいまして…グレート・ブリテンと申します。初めまして、gow…sanju…いや、sanjoe…」
 ただこの珍しい名前の発音だけは、いかに脳内に埋め込まれた自動翻訳機の助けがあるとはいえ、中々難儀なことで。それに気づいた煕子がくすりと笑う。
「どうぞ、構いませんから『煕子』とお呼びになって下さい。外国の方にとって、私の名字―family nameが発音しづらいことはよく存じておりますもの」
 その言葉に、ふとグレートの表情が変わった。
 ドッ派手な外見とは裏腹に、煕子の物言いはきわめて礼儀正しく美しい。昨日今日の付け焼刃ではとても話すことのできない、まさに「声に出して話したい」日本語そのものである。
(そう言えば、藤蔭先生の母校は百数十年の伝統を誇る名門女子高だったとか)
 最初は一体どこの不良上がりかとびっくりしたが、この女性は間違いなくこの国でも一流の躾と教育を受けている―そう思ってよく観察しなおしてみれば、小柄で華奢なその体の一挙手一投足、そしておとぎ話の姫君のような繊細な顔立ちからも、藤蔭医師と同じ匂いたつような気品が感じられるではないか。
「寛大なお言葉、ありがとうございます。それでは遠慮なく―えー、『煕子』さん? 何卒よろしくお願い致します」
「こちらこそ」
 そこでグレートはあらためて煕子の手を取り、心からの尊敬を込めてそっとその甲に口づけたのであった。

「だけど申し訳ありません、グレートさん。…いきなりこんな格好ではさぞびっくりなさったことでしょう」
「とんでもない! 華やかかつ麗しい、最高の装いではありませんか。我輩は一瞬、光と炎の女神が地上にご光臨あそばしたかと思いましたぞ」
「まぁ、嘘おっしゃい。最初に煕子を見た途端目を点になさったの、私、しっかり見ておりましたのよ」
 一通りの挨拶が済んだ後、三人はグレートを真ん中にしてカウンターに座り直した。いずれ菖蒲か杜若…二人の美女に挟まれて、鼻の下はもうすっかり伸びっぱなしである。
「実はついさっきまでレコーディングの仕事が入っておりまして…着替える時間もなかったものですから、そのまま…」
「ホウ…! それでは煕子さん、失礼ながら音楽関係のお仕事をしていらっしゃる?」
「いえ、本業は裏方…芝居やコンサート等の舞台美術が専門なのですが、特に古いつき合いのOMEGA‐Kというロックバンドに関してはもう何でも屋状態なんです。今日のレコーディングというのも、スタジオミュージシャンの一人が急病で倒れたからってピンチヒッターに…私、ピアノも少々嗜みますのでキーボードなら応援に入れますから」
「舞台美術家にスタジオミュージシャンのピンチヒッターかぁ…。美大に入ったときにはあんた、確か油絵専攻だったのにね」
「うるさいな。人間の人生なんざ、思いもかけないところでけっつまづいたり方向転換したりするモンなんだよ」
 藤蔭医師の茶々に、煕子が口を尖らして反論する。グレートに対する物言いとはうってかわったそんなタメ口も、かえって二人の親密さを表しているようで微笑ましい。
「…しかし、どちらにせよ煕子さんが舞台に関わる仕事をなさっていることには違いないわけだ。だから―高校卒業後のかおりさんについてもよく御存知だと―そういうわけですかな、藤蔭先生?」
 かおりの名前が出た瞬間、藤蔭医師と煕子がグレート越しに顔を見合わせた。
「あ…いえ、確かにそれもありますが―彼女をここに呼んだのは他の理由があるからなんです。…グレートさん、貴方は『後三条俊明』という名前を御存知ですか?」
 漆黒の瞳に見据えられ、グレートはちょっとたじろぐ。だが―。
「そりゃぁもう! 後三条俊明氏といえば日本演劇界屈指の大脚本家ではありませんか。イギリス人とはいえ我輩とて役者の端くれ、そんな大物の名前を知らないわけが…あれ? ちょっと待てよ? 後三条…後三条!?」
 弾かれたように振り向いたグレートの視線の先、煕子が静かに―しかしはっきりとうなづいた。
「…はい。お気づきのとおり、後三条俊明は私の父であり、かおりにとっては師匠です。藤蔭さんが私に声をかけたのも、多分そのせいでしょう。…だよね、聖」
 煕子の言葉に今度は藤蔭医師がはっきりとうなづいたのが、グレートの目の端にちらりと映った。

「そもそもかおりが父に弟子入りするきっかけを作ったのは私なんです」
 グラスをもてあそびながら、煕子がぽつりと言った。黄金色のマティーニに、オレンジレッドの爪が映えて美しい。
「高校三年のときでしたでしょうか、父が私どもの学園祭に来てくれまして…校内を一回りしたあと、やはり職業柄興味があったのか、演劇部の舞台を観て帰ったんだそうです。そのとき脚本を書き、準主役を務めたのがかおりでした」
 だがその時点での煕子の父―後三条俊明は、あくまでも女優としてのかおりに目を留めただけだったらしい。
「脚本については先生か卒業生か…誰か大人が書いたものとばかり思い込んでいたようです。まぁ、その頃からすでにかおりの作品は高校生の水準をはるかに超えていましたから…それで私が、あれはかおりが書いたのだと教えてやった途端、父は驚いたような顔になり、しばらくの間一言も口を聞きませんでした」
 突然の父の沈黙に、煕子はただ首をかしげるばかりだった。だが―。
「ですがやがて、ぽつりと申しましたことには『高校生であれだけの脚本と芝居をこなせるとは大したものだ。お前の友達はもしかしたらとんでもない才能を持っているのかもしれん』と…」
 オレンジレッドの爪がグラスを持ち上げ、同じ色をした唇に運ぶ。そして一口、のどを潤した煕子は―。
「当時の父はすでに一流と評される脚本家でした。そんな父にかおりが褒められて、私は自分のことのように嬉しくなってしまったんです。…その頃の私が一番親しくしていたのはこの聖ともう一人、松宮瞳子という人でしたが、かおりもまた仲良しの友達には違いありませんでしたから。『これは絶対教えてあげなきゃ』と、学園祭の代休明けには走って学校へ行ったくらいです。…もっとも、一番先に喋ってしまったのはやはり、聖と瞳子にだったんですけどね。二人もまた、飛び上がって喜んでくれました」
 ふと―煕子の表情が十代の少女に返る。
「ですが肝心のかおりはと言えば、話を聞いた途端ぽかんとしたような表情になってぼうっとその場につっ立っているばかり。やがて小さな声で『ありがとう』と言っただけで、ふらふらと自分の席へ戻ってしまったんです」
「その様子を聞いたときには私どもも何だか拍子抜けしたような気分でしたが―でもそれは、私どもがかおりの演劇への夢や情熱を全然わかっていなかったからだと―今ではそう、思います」
 静かにつけ加えた藤蔭医師によれば、その週一杯、かおりは学校でもほとんど口をきかず、何ごとかを真剣に考え込んでいる様子だったという。
「かおりが思いつめたような顔をして、突然私を訪ねてきたのは土曜の夕方でした。それも制服のまま、手には鞄と、これまで書きためた脚本を入れた大きな分厚い封筒を持って。そして『これをお父様に見ていただけないだろうか』って言うんです。図々しいのも無作法なのもわかってる、でももしできるならこのうちの一つだけでも…って。そんな手段に出るなんて、かおりにとっても一大決心だったに違いありません。…きっと学校が終わってから夕方まで、どこかでずっと考えて、迷っていたんでしょうね。泣きそうになって頭を下げるかおりの姿に、私は何とかしてやらなきゃいけないと思いました。で、たまたまその日家にいた父を書斎から引きずり出して『大事な娘の大事な友達の頼みを聞いてくれないなら親子の縁切ってやるっ!』って脅かして。…今考えると父もとんでもない娘を持ったものですねぇ、可哀想に」
 恥ずかしそうに微笑んだ煕子のグラスに、グレートはそっと自分のグラスを当てた。
「しかしそのおかげで現在の名脚本家兼名女優、松本かおりが誕生したわけだ。煕子さんの強力な応援に乾杯! …しなければなりませんな」
「ありがとうございます。でもその後がまた、大変だったんですよ」
 かおりの作品はどれも皆高校生離れした佳作ばかりで、さすがの後三条俊明も舌を巻いたそうだ。けれど当時も今も俊明は個人的な弟子は一切取らず、自分の主宰する「B級シアター」という劇団の中で後進を育てている。それを聞いたかおりは迷うことなく入団を希望した。しかし―。
「別に高卒で入ってくる劇団員が珍しかったわけではありませんが、私どもの高校は一応『お嬢様』学校でしたし、大学進学率もほぼ一〇〇%…かおり自身、それまではW大の演劇科を志望して熱心に受験勉強してたんです。それを、高三の秋になって突然進学をやめて商業劇団に入るだなんて…自分の一言が引き起こしたとんでもない事態に、父も大層困惑し、途方にくれておりました。事実、かおりのご両親と三人がかり、徹夜の説得もしたくらいです。一方の私ども―聖や瞳子も含めた三人―も、自分たちがあんなにはしゃいでかおりに話したせいだとすっかり責任を感じてしまって…何とか考え直してはくれないかと頼んでもみたのですが、かおりは『みんなのせいじゃない。私は自分で自分の道を決めたんだから何があっても後悔しない、絶対に劇団に入る』って。…そんなこと言われたらもう、止められませんよね」
 複雑な微笑とともに、煕子はかすかなため息をついた。
「結局、その一途さにはご両親やうちの父も根負けしてしまい…高校卒業と同時に勇躍『B級シアター』に入団したかおりは、いよいよプロとしての道を歩み始めたんです」
 かおりの入団を許した後三条俊明は、まず女優として育てようと考えたらしい。それは当時劇団に若手女優が不足していたのと、かおりが―脚本にせよ演技にせよ―頭ではなく、体で覚えていくタイプの娘であることを見抜いたからだろう。まずは役者の技術を全て叩き込み、徹底的に鍛えた方が脚本家としてもいい結果を出すに違いない、それが俊明の計算だった。
 かおりもまた期待に充分応え、女優としてめきめきと頭角を現していった。入団三年目に入る頃にはれっきとした看板女優の一人となっていたそうだから、師匠である俊明の予想をはるかに超えた成長ぶりといっていい。ただその反面、女優業に熱中しすぎたせいか脚本を書くことはほとんどなくなり―一時はかおり自身も女優一本でやっていくことを本気で考えていたのだそうだ。
「そんなかおりが再び脚本を書き始めたのは、劇団に入って丸四年が過ぎた頃でした」
 その年、W大演劇科卒の脚本家志望の青年が新入団員として加わった。W大と言えばかつてはかおりも志望していた大学、もしかしたら同級生になっていたかもしれない二人はすぐに親しくなり、ただの仲良しから恋人同士になるまでの時間もさほどかからなかったという。
「彼もかなりの才能の持ち主で、新人ながら優れた作品を立て続けに書き上げていきました。それできっと、かおりも刺激されたんでしょう」
 久しぶりの脚本は、高校生時代をはるかに上回る出来栄えだった。女優として、プロの劇団でみっちり鍛え上げられた四年間は決して無駄ではなかったらしい。後三条俊明の目論見は見事に大当たりしたのである。
 もちろんそれにはかの青年も惜しみない賞賛を寄せ―以来二人は、恋人同士である反面またとない好敵手として鎬を削ることになったのだった。
「恋人兼好敵手だなんて、ある意味危険な関係ですよね。互いが同等に競い合っているときならともかく、才能や周囲からの評価にちょっとでも差がつくようなことがあればやはり気まずくなって、最悪の場合には破局にだってつながりかねませんもの。ですが幸い、かおりたちはずっといい関係を保っていました。二人の才能がほとんど互角だったのと、両方ともどこかおっとりしたところがあって、相手の成功をともに喜んであげられる素直さを持っていたのがよかったんだと思います。周囲の人間も皆、本当に似合いのカップルだと…。そしてそれは、やがて二人が結婚してからも全然変わりませんでした」
 その後もかおりたちは「B級シアター」での活動に励み、いつしか舞台演劇の世界ではかなり注目される存在となっていったのだが…。
「結婚して数年、三十代になった頃から二人は独立を考え始めたようです。今の劇団に不満があるわけではないが、もっと広い外の世界に出たい、そしていつかは自分たちの劇団を作りたいと…。うちの父は日頃『俺が劇団を指導しているのは自分のコピーや操り人形を作るためじゃない』と公言しているだけあって団員の独立にも比較的寛容な人でしたし、二人の実力なら充分やっていけると思ったのでしょう。相談を受けたときには特に反対もせず、独立を許しました。ただそのとき、一言だけ―『広い世界を見たいというのなら今後一切仕事の選り好みはするな』と釘を刺したそうです。というのも、当時のかおりたちは―まだ若くて純粋だったせいかもしれませんが―演劇以外の…TVのバラエティとかトーク番組といった仕事は全て断っていましたから。というよりTV全体を毛嫌いしいたと言った方が正しいかもしれません。ドラマにせよ何にせよ、TV作品なんか所詮大量生産の消耗品、そんな現場で『本物の芝居』などできるわけがないというのがその言い分でした。まぁ、確かにそういう一面もないとは申しませんが、父にしてみればそんなものは『B級シアター』や『後三条俊明』という後ろ盾を持っているが故の甘えであり、かえって二人の可能性を狭めているだけだと心配していたのでしょう。本人たちもそれは薄々自覚していたみたいで、それ以後は父の助言どおり、TVの仕事でも何でも進んで引き受け、新劇団設立のために懸命に頑張りました。でも―」
 ふと煕子の表情が曇り、視線が下を向いた。

「今にして思えば、それが二人の仲に亀裂をいれる原因になってしまったんです…」
 


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