小夜時雨 5


 そんなこんなで見事「午前様」にてご帰還と相成ってしまったグレート、すでに休んでいるに違いない家の者たちの目を覚まさせぬよう、抜き足差し足でこっそりギルモア邸内に忍び入ろうとしたのだが。
「あ、やっと帰ってきた!」
「お帰りなさい、グレート!」
 驚いたことに、玄関ドアを開けるやいなやジョーとフランソワーズの嬉しげな声が響き、いまだ皓々と灯りのついたリビングからは張々湖やギルモア博士までも―それすなわち、ただ今「夜の時間」真っ最中のイワンを除いた「家族」全員―が飛び出してきたではないか。
「おっ…おい、どうしたんだよみんな! もしかして…ずっと待っててくれたのか?」
「もちろんアル! 何せグレートの大切な芝居仲間、その上藤蔭先生の同級生だった人のことやからナァ」
「わしらとて、暢気に先に休むなど到底できるものではないよ」
「みんな…」
 一瞬まぶたの裏に熱くこみ上げるものを感じ、グレートは慌てて後ろを向いて―脱いだコートを玄関脇のコートハンガーにかけるふうを装い、皆の目をごまかす。
「で、どうだったアルかネ? かおりはんの件、何とかなりそうアルか?」
 しかし張々湖の言葉に振り返ったその顔にはまたしても満面の笑みが浮かび、今度は仲間たちに向かってどん、と胸を叩きさえして。
「おう、そっちの方はもちろん大丈夫だ。彼女の不調の原因はどうやらあの『クリムゾン・ローズ』って芝居そのものとみてまず間違いない。それさえわかればいくらでも手の打ちようはあるさ。…ただ、非常にデリケートな問題だけにもう少し作戦を練りこんでみないことには…何しろこれは、絶対に失敗が許されないミッションであるゆえ」
 自信たっぷりかつ重々しくのたまえば、誰もがさもありなんとばかりに大きくうなづく。…と、そこへすかさずもう一言。
「それに、悪い。今夜はちょいと飲み過ぎちまってさ。いや、藤蔭先生はもちろんのこと、友達の煕子さんという方がこれまた麗しくも才気煥発な女神のごとき女性でなァ…」
「そんでついつい鼻の下伸ばして我を忘れたいうアルか。…ったく、おまはんはいつもそれアルネ。もういい年なんやし、ちっとは時と場合を考えるヨロシ!」
「へへ…全くもって面目ない。だがそれでなくてももう真夜中だ、詳しい話は明日にしようや。…お休み」
 張々湖に叱られたのをもっけの幸いとばかりに、そのまま千鳥足で階段へと向かう酔っ払いを追いかける物好きなどさすがにいるわけがない。
「やれやれ…困ったモンじゃ」
「大丈夫かしら、グレート。二日酔いにでもならないといいんだけれど」
「そんなん、かえっていい薬アル。…ったく、アレさえなければいい男やのにナァ」
「でも、何とかなりそうだって聞いただけでもよかったよ」
 そんな、多少不満げながらもどこか安心したような皆の声もどこ吹く風、鼻歌交じりに二階へ上がっていくグレートの背中はいかにもご機嫌そうに見えたのだけれど。
「ハァ…」
 自室へ入ったと同時に、ほろ酔い機嫌の英国紳士は深くもの思わしげなため息をつき、力なくベッドに座り込んでしまったのであった。
(やれやれ…今度はみんなまで騙す羽目になっちまった…)
 さすがのグレート・ブリテンにとっても、今回の件はあまりにデリケートかつ深刻すぎる。どんなに虚勢を張ってはみても、正直なところこの先どうすればよいかなどいまださっぱり見当がつかないのだ。
(結局俺は、役立たずのくせして舌先三寸で皆を煙に巻く八方美人、口先だけの男か…。くそっ!)
 苛立ちに任せ、脱ぎ捨てた上着を思い切りベッドに叩きつける。アルコールでじんわりと麻痺した頭からにじんでくるのは、己が無力さへの自己嫌悪とどうにもならない状況に対する焦りだけ。再度のため息をつきつつその禿頭を両手で抱え込んだグレートが、がっくりと己れの膝の上に突っ伏してしまったそのとき。
 ふと、かすかなノックの音が聞こえた。
(…?)
 返事をするよりも早くドアが開き、立っていたのは張々湖。
「…言うとくがナ、いつもいつもこんなサービスするわけやあらへんで!」
 憎まれ口をたたきつつも何故かその手には小ぶりのお盆、しかもその上にはティーポットとソーサーつきのティーカップが一組。ただ、ほんのりと漂ってくる香りはいつもの紅茶とは幾分…いや、かなり違っているような。
「アーティチョークとカモミール、ローズヒップをブレンドしたハーブティーアルヨ。深酒だけじゃなくてストレスにもよう効くそうや。…わてらに心配かけとうないちゅう気持ちはありがたいが、一人でくよくよ悩んでばかりいたひにゃ肝臓ばかりか胃ィまでおかしくしちまうで!」
 思いがけないその言葉に、グレートの目が丸くなる。
「おいおい、何言ってるんだよ大人。そりゃ確かに俺は今夜飲み過ぎちまったが、ストレスなんてモンは別に…『一人でくよくよ』なんて、一体何を悩むってんだい」
「この期に及んで悪あがきはよすアルヨロシ」
 グレートの顔を真っ向から見据えた小さな瞳がきらりと光った。
「いくら嘘ついてもわてらには全てお見通しヨ。かおりはんの件は何とか解決の目処が立って万々歳、おまけにアドバイスしてくれはった絶世の美女二人とささやかなアバンチュールまで楽しんできたやて? もしそれがホンマならおまはんのこっちゃ、真夜中だろうが飲みすぎのへべれけだろうが、わてらにことの一部始終をジェスチュアつきでくっ喋るに違いないネ。なのにああもあっさり簡単に自分の部屋に引き上げた、ちゅうことは…実際のトコ、解決策なんて何も思いつかなかったからちゃうか?」
「…!」
 図星を指されて一瞬言葉に詰まるグレート。しかし張々湖はそんな彼になどお構いなしにベッド脇のサイドテーブルに盆を置き、そのままポットとカップを取り上げる。
 こぽこぽこぽ。ハーブの香りが部屋一杯に広がっていく中、差し出されたソーサーの上には目にも鮮やかな深紅の液体を満たしたティーカップが乗っていた。
「ま、とりあえずは騙された思てこのお茶飲んでみるあるヨロシ。でもって、よかったら今夜のこと、わてに話してみィひんか? 誰かに悩みを話すだけでも人の心は随分軽くなるちゅうし、もしかしたらその間に何か名案が浮かぶかもしれん」
「大人…」
 どんなに憎まれ口をたたいても、やはり張々湖は自分を心配してやってきてくれたのだ。しかし、言われるまま素直に口をつけたカップの中身の方はというと―。
「う! …苦っ!」
「その苦味が体にええんやから文句言わずに飲むヨロシ! これでも飲みやすさ考えて、アーティチョークはかなり控えめにしてやったんヨ!」
 そこでまた怒鳴られ、顔をしかめつつもう一口含んでみれば、苦味の中にもかすかな酸味と甘い香りが交じっているような…。ハーブティーの熱さが体の中にじんわりと広がっていくに連れて、これまでの妙な遠慮と意地もゆっくりと溶けていく気がした。
「ありがとうよ…」
 結局グレートは張々湖の好意に甘え、全てを包み隠さず打ち明けた。しかしいざ話を聞いてみれば、張々湖もまた難しい顔で考え込むより他なくて。
「ウーム…そりゃ何とも深刻な話やナァ。何より、ホンマはまだ好き合っていたはずの二人が別れちまったちゅうトコが切ないアル。そんな事情があっちゃ、かおりはんが演技できなくなるのも当然やネェ…」
「だろう? 俺もな、いっそ二人の心が完全に離れちまってりゃ、ことははるかに簡単だと思うんだよ。しかし今回の場合…少なくともかおりさんの方はその…旦那のことをまだ完全には忘れてないようだし、旦那の方もさ…」
 煕子によると、彼はかおりとの一件以来舞台演劇からは完全に手を引き、どんな大仕事でも決して引き受けなくなってしまったそうだ。それでも煕子の父―後三条俊明への師弟の礼は忘れず、盆暮れ正月の挨拶もかかさないとはいうものの、たまにその場で煕子と顔を合わせても、かおりの話は一切口にしないという。
「ま、一応仕事の方は順調らしいがな。舞台をやめてTV一本に絞ったのがかえってよかったのか、今じゃTVドラマ業界の第一人者、特に女性の魅力を最大限に引き出すストーリー展開と台詞回しには定評があって、ベテラン女優から駆け出しのカワイコちゃんタレントまで、チョイ役でもいいから使ってほしいってお百度踏んでる美女たちが目白押しだとよ。ついでに言えば、そんな『綺羅の環境』に棲息してるくせして浮いた話やスキャンダルなんぞは一切なし、今は都内のマンションで一人暮らしだとさ」
「ほならそのヒトかて、まだかおりはんのことを想ってるかもしれんのやな。なぁ、いっそ藤蔭先生の『能力』でそのへんのトコ探ってもらうことはできんのやろか」
「…残念ながらそりゃ無理だろう。藤蔭先生の『能力』はあくまで人間の『気』を正しい方向へ導き、精神の健康を取り戻すための力であって、相手の思考を読み取るためのモンじゃない。それにもし彼の本心がわかったとして、その気持ちが完全にかおりさんから離れていたらどうするよ? 一人身を通しているのだって、もう恋愛や結婚にはこりごりしちまって、女嫌いになってるからかもしれないんだぞ?」
「うう…」
 考えれば考えるほど、現在の状況が完全に手詰まりだと思い知らされるだけ。「はぁぁぁぁ」…と、今度は二人分の大きなため息が部屋中に響いた。
「しかしかおりはんも―まぁ、見かけだけかもしれんケド―よう立ち直りはったモンや。結局今でもその劇団…『たまゆら』だったっけか、主宰して一人で頑張ってはるんやろ?」
「ああ…でもそりゃ神崎さんと久世さんのおかげによるところがかなり大きいらしいがな。ほれ、一番初めに話したろ?」
「おお、例の『たまゆら』一番のベテラン、演劇界の重鎮だっちゅうお二人さんネ」
「そうそう。実を言うとあの二人、元は『民衆座』ってトコに所属しててな…」
「ホゥ…! 『民衆座』いうたらえらいこと有名な大劇団やないか」
「ああ。歴史といい実績といい、日本演劇界でも一、二を争う名門中の名門だ。当然、座員たちだって舞台以外でも大活躍してる有名人が多いが、神崎さんや久世さんはいわばその筆頭だったんだな。で、以前何度かTVで共演したかおりさんの才能に、二人揃って惚れ込んじまったってわけだ。休業のこともそりゃぁ残念がってたそうだから、旦那が出て行ったあと、彼女が再び女優に復帰したときには―ま、いくら何でもまだ劇団の収益だけじゃとても食っていけなかったてぇのが一番の理由だろうが、元々彼女自身も復帰を強く望んでたわけだし―その事情は事情として、大いに喜んでくれたんじゃないかな。…だからかどうかは知らんが、間もなくかおりさんに『民衆座』からの客演依頼が入ったんだ」
「アイヤー、そりゃよかったアルネェ。…でもかおりはん、大丈夫だったんやろか」
「うむ…何といっても数年間のブランクは大きいし、ましてあんなことのあとじゃ精神的にもかなり参ってる可能性だってある。…正直、よくあの時点で『民衆座』が彼女を使う気になったと思うよ。やっぱり、神崎さんや久世さんの口利きがあったのかもな…」
 しかしいざ稽古に入るやいなや、「民衆座」の人々の懸念は見事に吹き飛んだ。皆が固唾を呑む中稽古場に立ったかおりは、ブランクなど微塵も感じさせない完璧な演技をこなし、加えて稽古以外の時間でも暗い顔など一瞬たりとも見せなかった。それどころか、いつも明るく前向きなその人柄や共演者及びスタッフへの細やかな心配りが人々を惹きつけ―気がつけばすっかりみんなの中に溶け込み、関係者一番の人気者、ムードメイカーのごとき存在になっていたのである。
「だが、神崎さんと久世さんの目だけはごまかせなかった。何せあの人たちは昔の―まだ幸福だった頃の彼女を知ってるわけだし、それでなくとも我々なんぞ足元にも及ばぬ名優だ、おそらくすぐに見抜いたんだろうさ。かおりさんはまだ全然立ち直ってなんかなくて―半ば自棄くその躁状態ではしゃいでるだけだってな。…二人がどんなに心配したかは察するに余りある。だが、かおりさんたちが公式に発表したのはただ『別れた』って事実だけ、それじゃさすがの神崎さんや久世さんといえども詳しい経緯なんてわかるはずもない。二人は迷った。本人が話したがらない辛い事情を自分たちが無理矢理聞きだすことが、果たして彼女のためになるのかどうか。しかしそれから毎日、かおりさんの危険なはしゃぎっぷりを目にするうちとうとう覚悟を決めて、ある日こっそり久世さんの自宅に彼女を呼んで、神崎さんと一緒にじっくり話を聞いてみたんだ。そしたらさ…」
 最初のうちこそ、何を訊いても笑って受け流していたかおりだったが、大先輩二人に手を変え品を変え追求されてはそうそうごまかしきれるわけがない。ついに重い口を開いた彼女はぽつり、ぽつりと…やがては堰が切れたような勢いで夫との諍いの一部始終を告白し、ついにはその場に泣き崩れたという。小さな子供のように泣きじゃくる彼女をしっかりと抱きしめ、震える肩や背中を優しくなでていた久世と、その様子をただじっと見つめていた神崎がかすかな目配せをかわし、うなづき合った。
 そして、そのときの公演が大盛況のうちに幕を下ろしたすぐ後で―。
「何と神崎さんと久世さんは揃って『民衆座』を退団し、『たまゆら』に移籍しちまった。多分、かおりさんのことを放っとけなくなっちまったんだろうなぁ。この世で一番愛していた相手に去られ、一人ぽっちで必死に突っ張り続ける彼女をこのままにしておいたら、いつか必ず壊れちまうって…。神崎さんは結婚してるが子どもに恵まれなかったし、久世さんは芝居一筋で独身を通してきた人だから…二人にとっちゃかおりさんは『娘』のような存在なのかもしれん。大事な『娘』の一大事に、何もかも捨てて駆けつけてくれたんだよ、きっと」
「そやったアルか…。ありがたいこっちゃナァ。『遠くの親戚より近くの他人』とはよう言うたモンや」
 張々湖の声には、いつしか涙が混じっていた。
「最初に相談を受けたとき、かおりさんが『どうしてもあの二人には知られたくない』って言った本当の理由もそれじゃないのかね。『これまでにも散々迷惑をかけた』ってなぁ、大河ドラマのオファーを断ったなんてモンじゃない。かつてのどん底でたった一人苦しんでいた自分のために日本有数の大劇団を捨てて、まだ海のものとも山のものともわからない『たまゆら』に移ってきてくれた、そのことだったんだ。そんな大恩人たちをまた同じ問題で心配させるなんざ、彼女にだって死んでもできないだろうしな…」
 そこでグレートは先程のカップを取り上げ、残っていたハーブティーを一気に飲み干す。その味は相変わらず苦かったが、最初の一口に比べると―甘い香りとわずかな酸味の方が勝って随分と飲みやすくなったように思えた。
「…ま、それに比べりゃ我輩などはまだつき合いが浅い分、かえって相談しやすかったんだろう。そんなゴタゴタが起こってた頃といえば、我々もBGとの戦いで世界中をさすらっていた時期だ。ましてそれ以前のことなんざまるっきり知らんし…なぁ?」
「そやそや。正直わてなんか、かおりはんがTVに出始めたのはほんのここ一、二年のことだとばかり思てたアルよ」
「そりゃ俺も同じだ。何しろナァ…」
 とか何とか、いつしか自分たちの思い出話なども交えつつ、それからもしばらく語り合っていたグレートと張々湖だったが。
「アイヤー、いつの間にかこんな時刻になってるアル! わて、そろそろ引き上げるのコトよ。くたびれてるトコいつまでもすまんかったナ、グレート」
 壁の時計を見上げてびっくり仰天した張々湖が慌てて立ち上がった。
「いやいや、そんなこたないよ、大人。ハーブティー、ご馳走様。おかげで明日は二日酔いにならずに済みそうだ」
「おお、ならよかたネ。…じゃ、かおりはんの件は明日また、みんなで考えてみるヨロシ」
 そしてそのまま、ティーポットとカップ、それにソーサーを乗せたお盆を手に部屋を出て行きかけた丸い体が、何を思ったかふとこちらに戻ってきて。
「いかんいかん、忘れるトコやった。…今日、博士宛の手紙の中におまはん宛のが一通紛れ込んでたそうネ。ケド、気づいたときにはおまはん、もう出かけちまった後で…『返すのが遅くなって悪かった』って謝ってはったヨ」
 博士とグレートは同じ英語を母国語とする者同士だからか、故国からの手紙の場合、時々こんなことも起きるのである。
「とんでもない! こちらこそ、明日一番に礼を言わにゃ…。大人も、今夜は本当にありがとうよ」
「何の何の、ちょっとしたついでだったよってに気にせんでいいアル。ほな、お休み」
「お休み」
 笑顔とともに部屋を出て行った張々湖を同じく笑顔で手を振りながら見送ったグレート。そして、何の気なしにたった今渡されたばかりの手紙の差出人を確かめた途端。
「…!」
 一瞬凍りついた笑顔が、次の瞬間驚愕と苦悩の表情に変わった。
「ブレンダ…」
 たった一言、搾り出すようにつぶやいたその体は完全に硬直していて。
(何故だ…何故今頃君が俺になんぞ手紙をよこす…? 俺たちの関係はとうの昔に―それも最悪のフィナーレとともに―幕を下ろしたはずじゃないか!)





 今でも、はっきりと覚えてる。

 つい今しがたまでの行為の名残に上気した全身を、さらに怒りの朱に染めて叫んだ彼女の姿―そして声を。
(卑怯者! 貴方は結局何だかんだと理屈をつけて全てのものから逃げているだけじゃないの! 過去からも、芝居からも…そして私からも! 二十年前、一身にスポットライトを浴びて―いえ、それ以上に眩いオーラを全身から放ち、光り輝いていた名優グレート・ブリテンは一体どこへ行ってしまったの!?)
 そしてもちろん―自分がどんな言葉を彼女に返したのかをも。
(さぁな。おそらく、とっくの昔に死んじまったんだろうよ。…残念だったな。あんたがずっと憧れて、目標にしてたあの男は…もうこの世のどこにもいないのさ)
 振り向きもせず言い捨て、シャワーを浴びて戻ってきたときにはすでにベッドの上に女の姿はなく―それで、終わったはずだった。いや、終わったと思い込んでいた。

「なのに、何故―何故今頃手紙をよこす…? それも、よりにもよってこんなときに―!」

 再び同じ言葉を繰り返したグレートの両手は、いつしか手のひらに爪が食い込むほどに固く握り締められていた。
 


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